静かな部屋にガタンと携帯の落ちた音が響く。声をかけられ振り向けば、先程までそこに倒れていた男が目の前に。私の脳内からは先程まで抱えていた疑問が溢れ出てくると同時に警鐘が鳴らされる。

「もう一度聞こう。ここは何処だ」
「に、日本の、東京」

震える喉から絞り出した声は、なんとも情けないものだった。彼から発せられる冷たく、どす黒いオーラはこれまでに感じたことのないもの。じわじわと私の体は恐怖で縛り上げられ、溢れ出てきた疑問を口にしようとしても上手く声が出せない。

「ほう、日本か。どこかで聞いた覚えがあるな」

なんて流暢な日本語。私の答えを聞いて彼は腕を組み、片手を口元に添えた。人形のような透き通った白い肌と少し癖のある金色に輝く髪。まるで口紅をひいているのような真っ赤な唇。どこか人間離れしたような彼の姿に目を反らせない。

「貴様、スタンド使いか?」
「スタンド、使い…?」
「…ザ・ワールド!!」
「!?」

じっと私を見つめ何を思ったのか彼は急に叫んだ。びくりと肩が跳ね、反射的に目を瞑る。
しんと、静まりかえった部屋には近所のおばちゃんが飼っている犬の鳴き声や、車が走ってくる音が流れ込む。一分ほど経っただろうか、恐る恐る目を開いた。
目の前にいる男を除いて部屋には異常なし。

「スタンドが出せない、か」
「…だからそのスタンドって何なの?私はそんなもの知らないし使えないけど」

わけのわからないことを叫ばれて拍子抜けする。恐怖がだんだん和らぎ、次第に素の私が姿を表してきた。何なんだこいつ。ご近所の迷惑になるからやめてほしい。

「気が済んだのなら帰ってもらっていい?私にはやるべきことがあるから」

彼が目を覚ましてから三十分ほど経った。もう面倒だから病院と警察はいいや。どこも怪我してないみたいだし。早くコンビニで買ったデザートとお酒とつまみを冷蔵庫にしまって、部屋着に着替えて撮り溜めてたドラマをゆっくり見たいんだよ私は。頼むから帰ってくれ。

「貴様が私をここに招いたのではないのか」
「え、ちょっと待って。あんた自分の意思でここに来たんじゃないの?」
「何故、このDIOが好き好んでこのような場所に来なければならないのだ」

ああ、頭が痛くなってきた。そういえば目覚めて一言目が「ここは何処だ?」だったもんね。その時点で気づくべきだった。フン、と鼻を鳴らして答えた彼を見て、私は決意した。彼を椅子に座らせ、事情聴取開始。



***



彼が目を覚ましてから一時間半ほど経過して、色々と苦戦はしたものの事情聴取はなんとか終了した。私には信じられない結果となって。

「状況を整理すると過去のエジプトで宿敵と戦った末に殺されて、気付いたらここにいた、と」
「そうだ、何度言えばわかる。…敗北は認めたくはないがな」
「ってことはあんた、幽霊…とか?」
「幽霊? …フフ、そうかもしれんな」

小さく笑った彼は否定も肯定せず、足を組みかえた。いちいち一つ一つの動作が綺麗なんだよなあ。そして、このようになってしまった原因として先ほど彼の言っていたスタンドというものがあげられるらしい。

「ようするに、時間を飛び越えてきたのね…」
「異世界に来たという可能性も否めないがな」
「いやいやどっちにしろ問題でしょ、それ」
「…貴様は私の言うことを信じるのか? 見ず知らずの男の言葉を」

彼の立場からしたら当然浮かぶ疑問だ。彼がこのまま大人しく私と会話を続ける保証なんてないし、手を出してくる可能性がゼロとは言い切れないこの状況。私の対応が気になるのは普通のことだろう。テーブルに頬杖をつきながらも、深紅色をした彼の瞳は私を離さない。

「…信じるも信じないも、あんたがここにいることには変わりないでしょ。それに現代人っぽくないし、何かのキャラみたいで面白いじゃない」
「面白い、か。なかなかめでたい頭の持ち主のようだな」

ただ質問に答えただけだというのに、顔色一つ変えずにめでたい頭と言い放つなんて。流石に傷つくよ、私も。

「うるっさい。 ところで、これからどうするつもり?」
「さあな、元の世界に戻ろうにも術を知らん。 それに私は死んだ身だ、戻れる根拠すらない」

にやりと何かを思いついたかのように笑う彼を見て、再び脳内で警鐘が鳴らされる。

「この世界はなかなか興味深いな」

ぞわ、と再び背中に何かが走った。あくまでも私の勘だが、このまま彼を放置しておいたら何か良くないことが起こりそうな気がする。私だけでなくご近所、それ以外の多くの人々に対して。というか絶対に起こる。私一人と大勢の人々を天秤にかければ答えは当然。

「あのさ、もしよかったらなんだけど、うちで暮らさない?」
「ンン? 急にどうした。 私を追い出したかったんじゃあないのか」
「いや、だって住むところがないんでしょ? 困った時はお互い様っていうか、なんというか…」
「……」
「ああもう、細かいことはいいから! うちに住め! 住んでください!」
「…クク、いいだろう」

「私は、森永捺希。よろしく」
「DIOだ。世話になってやろう」

我が物顔でどかりとソファに座ったDIOを見て、今までの平穏な暮らしに別れを告げた。