Mole's Lullaby
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死者に捧ぐ



死者に捧ぐってこんな話。

ゾンビ駆除隊の中で働いていた広瀬は、駆除隊の基地を襲撃され、謎の女によって殺害されたーー筈だった。
ところが死んだ筈の広瀬は見知らぬ部屋で目を覚まし、謎の女に再会した上に謎の男と出会う。

女の名を槙田といい、男の名を黒須と言った。
黒須は胡散臭い笑顔を浮かべながら広瀬に今日から自分の実験体となる事を告げた。

理由は、広瀬の特殊な体質ーー異常な回復力、再生力である。
その体質について調べ、ゾンビに活かす、というものだった。
黒須の望みは、ゾンビによる人類滅亡ーー、馬鹿げた目標ではあるが、広瀬の回復力と再生力を持ったとすればそれは不可能な事ではない。

だが、実験もそう上手くはいかないものだった。メスを入れれば傷は塞がっていく上に、深く突き刺せばモタモタしているとメスに肉が食いついて取りにくくなる。更に広瀬は痛みに暴れ逃げ出そうとする。皮膚を無理やり引き剥がした後は彼の耳にある機具を取り付けて手元に置く事にしたのであった。

その機具の正体を、のちのち広瀬は知る事になった。
自分が逃げようとした時、あるいは黒須の言葉を否定した時、強い不快感を覚える耳鳴りや頭痛が起きるようになった。
それが耳に取り付けられたピアスのような機具によるものだという事を知り、逃げられない事を知る。

広瀬は槙田の事が気にかかった。彼女はそういった機具なしでも黒須に従う。絶対に逆らう事がない。
嫌な顔をしても頷いて従う。それほどまでに黒須を慕う理由とは何だろうか、と。

しかし違った。
彼女は、黒須が作り上げたゾンビなのであった。黒須が作り上げた彼らは、死から再び目を覚ました時から黒須の意志が絶対な生き物なのであった。嫌でも従わねばならない。本来ゾンビはそういった嫌悪の感情や複雑な思考は持たないが、槙田は特別だった。
自らの感情を持ち、自ら考える事が出来る人間に近いゾンビなのである。

それを知り、広瀬は彼女も自由ではない事を同情した。
そして、少しだけ歩み寄り話してみようと思ったのである。拒絶ばかりをしていた広瀬はその日から、少しずつ槙田に語りかけるようになった。
そのうちに、槙田もぽつりと自分自身の事に語り始めた。
自分には昔愛する人がいた事、告白などはしなかったが、満たされていた事、そして……自分とその愛する人を殺された事を。
その時、槙田は広瀬に一度だけ微笑む。「貴方、似ているのよ。彼にね」

そんな時に、彼は現れた。
黒須の同僚だという彼は、槙田に異常な程の興味を抱き、何かと黒須や槙田、そして広瀬の元にやって来ては笑って話をして来るのである。
更に、広瀬の元にはこんな話を持ち出して来た。

「僕はね、広瀬君。黒須の死体が欲しくて欲しくて堪らないんですよ。広瀬君、一緒に殺してくれたりします?」

広瀬は最初は軽くあしらっていたものの、それが段々本気である事を知り……槙田と自分を解放する事でもある事を知り……黒須を殺害する事を決めた。

決行の日。丸井は一人の男を連れて現れた。瀬名、というらしい彼は槙田と似た雰囲気を感じさせる。丸井は微笑みを浮かべて黒須に告げる。
「君の作った槙田さんと同じ生きたゾンビですよ」

彼を使って黒須に飛び掛るも他のゾンビがその盾となり、槙田も黒須の意志に従って戦闘を開始するーーが、槙田はその途中でダメージも受けていないのに床に崩れてしまう。慌てて駆け寄った広瀬が見たものは、床に擦れて顔の一部の皮が剥がれ、赤と緑色の膿が滲む槙田の姿。

槙田の身体はもう限界だったのだと丸井は告げる。黒須ですら気づかなかったそれを丸井は見越し、この日を選んでいた。黒須の制止の声を聞かず、丸井は黒須の生命を奪った。

暫くの静寂が訪れ、丸井が広瀬に礼と別れを告げる。そして最後に、「また、近いうちに会いましょう。広瀬君」
広瀬はその声が届いているのか届いていないのか、槙田を抱き締めたままで荒い呼吸を繰り返していた。

彼はその時、自分が何者でどんな人生を生きて来たのかを思い出したのだった。



かつて広瀬は、細胞の再生力の活性化の為の実験体として使われていた子供だった。ところが、その細胞が完成した彼は、その施設の研究者数十名を惨殺し、施設から行方を眩ませたのであった。
そこから、色んな職場を転々としては実に何人もの人を殺して来た。人間を呪っていた。

広瀬は一人の女性と、その身を隠す為に遊びで付き合っていたのだが、その女性の子供である一人の少女が、ーー槙田だ。
そのうち自分の殺害衝動を抑えられなくなった広瀬は二人に暴力を奮うようになったのだが、母親は失踪し、娘である槙田だけが残った。

ところが、槙田は広瀬を肯定した。痛みが好きだと言った。離れないと。殺されても構わないと。広瀬にとって、初めての居場所となった。

ところが、その日々も長くは続かなかった。多くの人々から広瀬は恨みを買っていた。それが故に、槙田の目の前で首を落とされるという殺され方をし、更にその首の目の前で、槙田は強姦された後に殺害された。広瀬の首は胴体と再び繋がり再生され、広瀬は彼らを返り討ちにする事に成功。

息をしていない槙田を見て、広瀬は渇いた笑いを零し、「どうせ死ぬなら、俺の手で殺してあげたかったのに」汚された上に、居場所も勝手に奪われ、失った。自分は、壊す事しか出来ないのだと、広瀬は項垂れ、そのまま眠りについた。



そして、その時にそれまでの記憶は無意識に封じられ、死刑を免れ、ゾンビ駆除隊に入りーーそして現在に繋がった。



全てが自分のせいでなってしまった事。そして、大切な人をまたしても守れなかった事、自分がその人をまたしても不幸にしてしまった事を思うと、何も言えなかった。

広瀬は何度も槙田に謝った。しかし、槙田は首を横に振り、いいの、と返した。
「貴方が生きてたから。死んだと思ってたもの。……ねぇ、お願いがあるの。最後は、貴方が……」



広瀬は、震える手で、彼女の首を締めた。槙田は一度唇を動かして息を引き取る。

(好きでした)



数日後槙田を抱き締めて眠っていた広瀬が発見され保護される。奇跡的に助かった仲の良い隊員が見舞いに来たが、広瀬の心を動かすには至らなかった。

何故、こうなったのか。その元凶を考えて、考えて、考えてーーそして広瀬は答えを出す。

自分が彼女を不幸にした原因なら、その自分を作り上げた人間こそが元凶ではないか、と。

広瀬は、再び全ての始まりであった施設に向かい殺戮を行ったが捕縛されてしまう。

「お久しぶりですね、広瀬君」

あの人物によって。



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