Mole's Lullaby
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仕組まれた幸福



それは、今の彼にはとてもとても残酷な夢でした。

王子様や勇者が少女やお姫様を助けて幸せになる、という夢。
それほどまでに甘い夢を、彼は見ていたのでした。


今が空っぽだと思うほどに、彼は幸せが何なのか分からなくなっていました。
そもそも、幸せの定義は人によって異なります。
お金、地位、名誉、環境すべてが満たされていれば幸せだと感じる人も居れば、生きていること自体幸せだという人も居ます。
そんなことも考えられないほどに、彼の心は空っぽでした。


そんな時に、甘いお菓子を食べたのです。


例えばおなかを空かしたままずっと何も食べずに居ると、おなかが空いてるのが分からなくなります。
その空っぽのおなかの中に突然食べものを沢山入れたら、身体は驚き食べ物を拒絶し、吐き出します。
そうして、食べなければよかった、と後悔したり、余計に苦しい想いをしてしまう。


それと同じなのです。


一時の幸せは、後で更なる苦しみを味わう調味料になるのです。


「・・・ねぇ、トワちゃん」
「起きたのか、広瀬」


白髪の青年は両手で顔を包み、傍らに座る男とも女とも形容しがたい、トワと呼ばれる黒髪の幼子に声を掛けた。
もう面会時間もとっくに過ぎているはずの夜更けに、ましてや10歳にも満たぬような幼子がこの部屋に居ることは有り得ないことでしたが、広瀬はそのことには触れませんでした。
彼は何故その幼子がそこに存在できるのか知ってるのです。


「俺は、いつも気がついたときにはすべて手遅れになっていた。いつもいつも、全て終わった後に気がつくんだ。
自分がどんな人間か、って事を、さ」


月明かりだけの部屋の中、広瀬はポツリポツリと語りだした。
トワは彼に向き合い、彼の声に耳を傾けた。。


「馬鹿だったんだ。何も分かってないかった。自分が周りにどんな影響を与えるかなんて、考えもしなかった。
だって、こんな体質の事は俺自身知らなかった。覚えてなかった。でもそれこそが俺の罪だった。

だから、大切なものを、二度も失くしてしまったんだ。

また、知らず知らずのうちに同じ事を繰り返していたんだ。
でも、どうすれば良いっていうんだ。誰にもどうすることも出来ないっていうのに、無力な俺に何が出来るっていうんだ」


細い息を一つ吐き出す。


「どうして俺は死なないんだろう」


どんなに大怪我をしても、すぐに傷が再生するという特異体質。
それが、一見普通の青年の彼にある最大の特徴でした。
今病院に居るもの、治療が目的ではありません。
その身体の秘密について調べる為の検査なのです。
彼の身体に何があるのか解明できればれば、医療技術は飛躍的な発展を遂げることが出来るでしょう。
けれども、未だにその謎は解明されていません。
彼は自らの手を見つめました。


「・・・何も守れないのに、どうして生きる必要があるんだ。
ホントに俺ってなんなの?化け物なの?実験動物?

悪なのか?・・・俺って、人の幸せ奪う為にきた訳?」



しんと静まり返る部屋の中、ただトワは彼の姿を捉えています。
トワの瞳には、僅かに震える広瀬の姿があります。



「どうして俺は、人と一緒に幸せになることが出来ないんだ」



甘い夢は、更に彼を闇へと引きずり込んだのでした。
見開いた目には光が入らない。それは夜のせいばかりではありません。
その瞳には、暗闇しか見えてないのです。



「・・・どうかな」



トワは呟きました。
広瀬は瞳だけをトワに向けました。
トワは淡々と彼を見つめ、首を傾けた。


「ボクは、夢が見られるうちは、その見込みがあると思うぞ」


広瀬の表情は変わりませんでした。
それでもトワは続けます。


「一瞬でも幸せがあれば、幸せだと思ったのであれば、それを続ようと願えば、あるいは出来るんじゃないか」
「・・・そんなの、今時の子どもでも信じないよ、トワちゃん」
「出来る」


言い切りました。その声の力強さに広瀬は一瞬怯みます。


「幸せって、人それぞれ違うものだろう。広瀬、お前は自分が悪なのかと聞いたな。
本当に悪だというのなら、悪には悪なりの幸せがあるだろう」
「・・・何、それ。人を苦しみ続ける事に喜びを覚えろって?」
「なぁ、広瀬。お前は今まで何を見た。お前の中で見てきた悪って、本当にお前だけか?

 居ただろう、他にも。お前が"そうなった"のは誰のせいだ」



沈黙が訪れました。
互いに何も喋りません。ただ、広瀬は目を見開き、何かを思考しているように見えました。



「――――そう、か」



再び広瀬が両手で顔を覆いました。
ただ、覆いきれなかった口元が見えます。

赤い三日月のような、怪しげな笑みが、そこにありました。























「さぁ、起きてごらん」


だれも知らないような森深く、一人の少女が目を覚ましました。
きょろきょろと辺りを見回しているうちに、一人の青年と目が合いました。
白い髪と白衣のおかげで白いという印象を受ける彼は、少し寂しげな、泣きそうな顔で少女に笑いかけました。

彼はそっと少女を抱きしめ――


「・・・"はじめまして"。君の名前は――――、」





end.仕組まれた幸福


2012.10.7


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