Mole's Lullaby
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それは唐突だった。

いつものように小物の手入れをしながら通り過ぎる人を眺め、押しの弱そうな、お立てに弱そうな人を探す。

今回は仲のよさそうな女の子2人を狙った。

「ねね、そこのお二人さん、お揃いで髪飾りとかどう?きっと似合うと思うんだけど!」

話しかけられた2人は、少し警戒気味だったが、顔を見合わせて太吉の元に近寄った。

「この椿の髪飾り白と赤があるんだ。どっちでも似合うと思うけど、そうだなぁ、彼女には白で可愛らしく、彼女には赤で大人っぽくて……ああ!良い!すごく良いよ!」

試着をする女の子は苦笑気味ではあったものの、若干嬉しそうな表情を浮かべている。

買おうかなぁ、と相談をする2人を見て、よし、と心の中で喜ぶ太吉。今日は調子が良さそうだと、これからの売り上げに期待した。


「中々良い趣味をしているな」


空気が変わった。水を打ったように静まり返る人々。

そして、彼らが一斉に見つめる先にはーー。


桜色の直毛を肩口で切り揃え、頭には赤い髪飾り、凛と涼しげな目元に輝くは真紅の瞳。着物は濃桃と赤の袴で、モノクロの世界に赤一点というような、そんな印象を受けた。

明らかに一般の人のそれではない容姿の彼女は、ソレを気にする事もなく、お偉方のように胸を張って腕を組み、太吉を見ていた。

作り物のような顔立ちの彼女を、太吉は目の前の2人の事も忘れて見入っていた。

「開いても良いか?」

彼女が傘立てから一本抜き出して問う。一瞬戸惑ったが、太吉は頷いて彼女が傘を開くのを見つめた。

深紅に散る白ざくら、その背には黒の大きな流水紋の描かれた番傘であった。赤系の色でしつこいかと思えば、逆にそれが統一がとれていて、ピタリと合っていた。

「ふむ、悪くないな。なぁ、お前はどう思う?」

くるりと傘を回す彼女を見て、太吉は言葉を失う。なんと声をかけて良いのか。

少し間が合ってから太吉は答える。

「その、とても、綺麗です……」

言ってから、そんな陳腐な言葉をしか出なかった自分を悔しく思う。普段であればもっと饒舌に女子を喜ばせるような言葉などいくらでも出るのに、これしかでなかった。

しかし、彼女は気を悪くした風でもなく、寧ろフフンと上機嫌に笑い、傘を閉じた。

「気に入った。これを貰おう」

そう言って、銭を差し出されるのをぼんやり見てから、慌てて受け取る。太吉の手が、少し震えた。

「また来るぞ」

微笑みと共にその言葉を残し、彼女は颯爽と歩き去っていった。その時、ようやく他の2人にも目が行った。

浅黒い肌の傘を深く被った大男と、黒髪の美しい幼子。


そう、彼女が間違いなく桜の精であった事を、彼は確信した。


「また……来てくれるのか……?」


初めて会って少ししか居なかったもいうのに、太吉は嬉しくて堪らなかった。

一目惚れ、と言うのであろう。
彼はこの短い時間で魅了され、彼女の虜になってしまったのであった。


2012.5.30


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