Mole's Lullaby
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天上花




此処は何処か、私は思い出す事が出来なかった。闇夜に赤く光る火花のように、その花は鮮やかに、凛と真っすぐ天を向いて咲く。ぞっとするほどまでに美しいこの花の名前は、






「天上花」










ーーしぶとくも、私は生き残ってしまったらしい。私の右手を握りしめ啜り泣く妹の姿を見て私は悟る。
薄目を開く私を見て、彼女は安堵の為か、更に表情を歪めて私にしがみついた。

「静流兄様!……しずるにいさまぁっ……うっうぅぅううー……っあぅ……うあああぁっ……!」

涙どころか鼻水まで垂らして泣きじゃくるなど、もう15となる年頃の女がするなど、どうかとは思うのだが、今の私にはその元気がない。重く痺れる左手を、ただ彼女の背中に置く事が精一杯だった。

「すみません……薫」

謝る。喉が渇いて発音がままならなかった。それを見てか薫が顔を小袖で拭い、水差しを持って少し離れた。見計らって言葉を紡ぐ。

また私は、死にそびれました。

その声を、彼女は聞き取れなかったに違いない。水を持って来た彼女は、目を腫らしながらも、晴れやかな表情を浮かべているのであった。





ーー私は自分の命を終えなければならない。

いつからそう感じたのか、もはや記憶は朧(おぼろ)げとなり思い出す事は出来ない。ただ、何故かそれは至極当然の事であり、正しい事であると確信していた。

誰かを待たせている気がしてなないのだ。

そして、今回は3度目の自害失敗であった。もう此処までくれば、母も父も、そして薫も、私から目を離さなくなる。

参った。刃物や紐の類はきっと隠されるに違いない。きっと薬だってとっくに見つかって処分されている。下手をしたら、監禁されるかもしれない。手枷に足枷に猿轡。何をされるか想像しただけでうんざりだ。

一度目は首吊り。昼食が出来たと呼びに来た母親によって中断させられる。
二度目は睡眠薬の服用、さらに風呂での溺死を目論みたが、珍しく早く帰ってきた父親により引きずり出される。
三度目は、腹に包丁を突き立てた。誰に発見されたのかは分からないが、今までにないほどのこの薫の取り乱し様を見れば何となく把握が出来る。

家族全員に死に損なった自分を見られているのだ。もう誰一人として油断するものは居ない。





案の定、私の部屋は錠付きの部屋へと移された。その中には見張りの男がいた。名を俊介といい、いかにも力のありそうな肉の筋が張った男である。彼は夜の間だけ私の部屋に居座り、変わった様子はないか監視しているのであった。
拘束されなかったのは幸いだが、こう監視されると居心地が悪かった。

何度か彼を薄目で盗み見たが、彼が私から目を逸らす事は一度もなかった。ただ、鋭い眼光を放つその目は、ただ捉えていた訳ではない。確かにその目は、私を捕らえていた。

久しぶりに鏡に映った自分を見た時、幼い頃の輝きを失なった生気のない瞳こそ気持ち悪いと思った。
だが、この男の瞳も、また違った意味で気味が悪かった。自分とは真逆の対象への拒絶反応というべきなのか。生きる事への執着心が人一倍強く感じた。


その晩も、いつも通り薫に部屋まで送られ、その男へと継がれる。部屋に入れられ、背後で錠が掛けられる重い金属音が鳴った。毎度の事とはいえ、私はため息をつかずには居られなかった。



「何故死にたがる」




突然、低く重い声で声を掛けられ、私は立ち止まる。振り返らずにいたため、視界には部屋ぐらいしか映らなかったが、背後にはその男が立っており、こちらを睨みつけているのが何故か分かった。

「何故そこまで死にこだわる」

足が床に固定されたかのように動かない。しかし、しっかりと、長く世を見続けた大木のように私は落ち着いた気持ちで立ち尽くす。

「……私は、いつからこう思ったのか、覚えていません。ただ、私はそれが使命のように思えてならないのです。理屈ではないのです。強いて言うのであれば、

……なんとなく、という事なんでしょうか」

「……ふざけてんのか?」

「……いえ。でも、使命のように感じるんですよ」

フンと、彼は鼻を鳴らした。

「まるで訳が分からんな。死ぬ事が使命だ?ならば、なんの為に生まれるんだ」

「さぁ……。生贄とか人柱とか……そんな理由があったら、貴方は納得するんですか?」

彼は少し黙って、それから「いや」と否定した。そして続けて自身の思いを紡ぎ出した。

「ますます納得いかんな。誰かの死によって幸せを得ようなど、俺は認めん。1人の不幸が万人の幸福としても、1人の不幸を幸福だと言っているものだ」

そこで私は振り返り、彼の表情を伺った。夜にも関わらず、生命力溢れる光が彼の瞳に宿る。ギラギラと、自分は何が何でも生きるという意思の表れのように思った。

いや、それだけではない気がする。何かが奥にある。その何かが何であるのかは、彼の瞳を守る透明な膜のせいか、窺い知る事は出来なかった。

「そろそろ、寝床に入ってもよろしいでしょうか?」

「は」

彼は弾かれたように顔を上げ、私を見て瞬きを繰り返した。どうやら突然日常の会話に戻された為についていけなかったようだ。

「病み上がりなので体力がないのです。話の途中で申し訳ありませんが」

すると彼は、口を一の字のように引き結び、目を軽く伏せた。

「……誰も寝るなとは言ってない。勝手に寝ろ」

ため息混じりに呟き、彼は扉の前にどしりと座る。気難しそうな顔は全く扉を通さぬ威厳さを持っていたのだが、私はその時そこに、拗ねた子どもの姿が重なって見えた。

「そうですか。では、遠慮なく。……おやすみなさい」

私は軽く頭を下げ、布団の中に入り、枕元の蝋燭を消す。

そして、一日の終わりはこう締めくくる事にした。


「また明日、話の続きをしましょう。……俊介さん」


意識が眠りに沈むその間際に呟いた直後、微かに空気が揺れた気がした。

2012.3.5


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