今まで見たことのない表情を垣間見て自然と口角が上がるのを感じる。何をしたって許されるのだ。だってこれはただの夢だ。
「…やま、やまざきさん、」
「なあに?」
「今ならすべて、忘れますから、無かったことにしますから、だから、」
 もう、やめて下さい。か細い声ながら力強くぴしゃりと言い放たれる。こちらを見上げる瞳は僅かに揺れているもののいつも通りのそれに戻りつつあった。涙の薄い膜が覆った分、障子の隙間から僅かに行着いた月の光が反射していつも以上にきらきらと輝いて見える。…気に入らないなあ。いつだって屈しないこの眩しい瞳も思い通りにならないいろちゃんも、何ひとつだって気に入らない。どうも今回は中々思い通りに進まない。
「いいよ忘れなくて」
「――や、やだっ」
 ボタンの吹っ飛んだワイシャツから盛大に溢れている豊満なそれに手を伸ばす。フロントホックの下着は造りが甘かったのかサイズが合っていなかったのか、軽く指で摘まむと簡単に弾けてしまった。それが可笑しくて思わず笑みが溢れる。最早役割を持たない下着を左右に退かそうと肌と下着の間に指先を滑り込ませた。
「いやあああ!」
「っだ!」
 突然いろちゃんが暴れだして半ば力任せに自分の腕を俺の手から振りほどく。それから反応の遅れた俺の頬へどさくさ紛れに不自由な両手で遠慮なく裏拳を叩き込んだ。ご。と脳に直接響くような鈍い音をたてながら一瞬瞼の裏に星が散って視界が飛ぶ。…吁クソ、イラッときた。ひくひくとこめかみがひきつるのを感じながら視界がクリアになるのと同時に再びいろちゃんの腕を掴み取って思い切り床に叩き付ける。がん!と派手な音をたててその衝撃で細い手首が僅かに跳ね返った。「――いっ…!」唇まで出かかった悲鳴を飲み下しながらあからさまに表情が歪んで大人しくなる。はは、罅でも入ったかな。
 じんじんと頬が痛んで比例するように熱を持つ。彼女に殴られたという事実を強烈にアピールしてくれるその生理現象に怒りが募ってどうにも腹立たしい。少しくらい優しくしてやろうと思ってたけどもうやめだ。これっぽっちも優しくなんてしてやらない。いつも以上にぐっちゃぐちゃにしてやる。
「酷いなあ、殴るなんて」
 そういえば俺は今日のいつ頃寝たのだろうか。覚えていない。ふと思い出したように浮かんだ疑問へ答えることができず更に突き詰めて自問する。


 




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