「〜♪」

鼻歌を歌いながらサクサクと道を歩んでいく男、アーティは、セッカシティのジムリーダーであるハチクの元へと向かっていた。

ここ、セッカシティは自然に包まれ、冬には辺り一面雪景色となる。夏でも涼しく、大都市のヒウンと比べると快適さは圧倒的だった。アーティがヒウンでは暑さ故に外してしまっていたストールも、セッカでは苦にならなかった。

いつものように民家を横切り、輪になって遊ぶ子どもたちを見かけてジムへ向かうはずだったアーティは、そこで異変に気づいた。

「あれ?子どもたちがいない…」

いつも遊んでいる子どもたちがおらず、代わりにジムの方から賑やかな声が聞こえてきた。頭にハテナを浮かべて首を傾げながらも、アーティはジムへの足取りを速めた。

「はちくさん!これはぁ?」
「ハチクさん、どうやるの?」
「教えてハチクさん!」

ジムが見えたとき、その入口には小さな人だかりができていて。騒ぐ子どもたちに囲まれてハチクが何やら忙しなく動いていた。

「ハチクさーん」

一応遠くから呼んでみたアーティの声にぴくりと反応したハチクが振り返った。

「…アーティ!」

意外な客だと言わんばかりの驚いた表情をしながら、子どもたちに何かを伝えると小走りでアーティの方に向かってきた。

「どうした?久しぶりだな」
「はいー」
「確か昨年もヒウンの暑さに耐えきれずウチに来たことがあったな?」
「あう、そーでしたっけ?」
「まあ、ゆっくりしていけ。私は少し忙しい」

後ろの子どもたちを気にしながら会話をするハチクに、アーティは感じていた疑問を言ってみた。

「あの、子どもたちと何をしてるんですか?」
「ああ、…演劇の練習だ」
「演劇?」
「私が元役者だからと、子どもたちから夏祭りでやる演劇のアドバイスを頼まれた」

少し苦笑いで話すハチクに、アーティは複雑な気持ちになった。これは、ハチクに「元役者」にならざるを得なかった過去を思い出すきっかけとなってしまうのではないかと。アイマスクに隠れた傷を、子どもたちは知らない。アーティはきゅっと唇を噛んだ。

「ハチクさん、平気なんですか」
「何がだ?」
「その、えと…思い出し、たり、しないのかな って」
「…コイツのことか」

アーティの言葉を察し、ハチクはマスクに触れた。少し鋭くなったハチクの瞳に、アーティは余計なお世話だったかと、気まずそうに目を伏せた。

「…確かに、思い出した」

ぼそりと呟いたハチクに、アーティは地面に向けていた視線を上げた。

「台本を読んだり、この役は?ここの台詞は?と子どもたちに聞かれる度に少し過去を思い出したし、怪我をしたことも思い出した」
「…つらくないんですか?」
「だが、こんな私でも子どもたちが頼ってくれる。私の経験を頼りにしてくれるなら、喜んでそれに応えようと思った」

ハチクは台本をアーティに見せて、ふわりと笑った。アイマスクの間から覗く涼しげな色をした瞳は、子どもたちへの暖かい眼差しでもあった。アーティはハチクの差し出した台本をパラパラと捲った。

「…白雪姫?」
「ああ」
「メルヘンですねー」

台本には赤ペンでたくさんのことが書き込まれていた。まさにプロの指導だとアーティは思った。しばらく台本を読んでいたアーティは、少し考えるように顎に手を添え唸ったあと、台本を閉じてハチクに返した。

「そろそろ戻らなければ」
「待ってください」
「なんだ?」
「ハチクさん、少しだけ時間をくれませんか」
「…待ってろ」

ハチクは子どもたちの元へ踵を返すと、何かを伝えたあと「ここから自主練だ」という声が響いた。子どもたちは素直に従い、ジムの前でそれぞれ練習を始めたことは遠くから見ていたアーティにもわかった。

「本当に少しだけだぞ」
「はーい」
「で、なんだ?」
「リュウラセンの塔に行きましょ。せっかくの短いデートなんだし、二人っきりがいいです」
「はっ?デートだと!?おい、アーティっ!」

困惑するハチクの手を引き、アーティはジムを過ぎ道を進んでいった。リュウラセンの塔に入り、水に囲まれた塔へ続く橋の真ん中で止まった。アーティの意図がわからず、ハチクは困ったように繋がれた手とアーティとを交互に見つめた。

「アーティ…?」
「ハチクさん、あお向けになって」
「は?」
「いいから、寝てください」

わけがわからないまま、とりあえずハチクは言われた通りに橋に背中を預け、横たわった。

「ハチクさんがお姫様。そして僕が王子様」
「……!」
「目瞑ってくださいよー」

へらへらと笑うアーティは、顔を染めたハチクの上に覆い被さり、顔を近づけた。

「なんと美しい姫なのだろう」
「っ…」
「私はあなたと生涯を伴にしたい」
「…台詞が違うぞ」
「ちょっとアダルトに変えてみましたーあはは」

そう言って笑ったアーティは、ハチクのアイマスクを外した。露になった目元には、今も痛々しく残る古傷があった。その傷を指先でなぞり、優しく口付けた。

「こら、アーティ」
「くすぐったいから嫌いなんですよね?」
「黙れ!……く、くちに、しろ…」
「喜んで、お姫様」



ふたりお芝居


「ハチクさん、やっぱり美人」
「っ、言うな!」