「…何で、こうなるのよ。」

灰色の空、鉛色の雲から降り注ぐ雨粒。

今、アタシは任務でノモセシティに来ていた。

任務といっても簡単な仕事だったし、終わったから帰ろうとしたら、この様。

「天気予報、見てくるべきだったわね…。」

はぁ、と溜め息をついて空を見上げる。

しばらく止みそうにない本降りの雨。帰ったら怒られることを想像すると、ますます気分が重くなった。

(最悪。)

暖かい飲み物でも買おうと、自動販売機のットココアのボタンを押す。

が、売り切れているらしく虚しい機械音が響いた。

「売り切れ!?…ふざけないでよっ!?」

ガコン、と機械を蹴飛ばすと周囲の目が集まる。

そんなことをしている自分が何だか凄く情けなくなり、仕方なくホットコーヒーを買ってアタシはその場を離れた。

ゲートの入り口から、空を見上げるが、晴れる気配は全くない。

(嫌な、空。)

ホットコーヒーの缶を開けると、カシュリという音がした。

…アタシをこんな不快にさせたのは、アンタが二番目よ。

一番目は、アイツよ。そう、アイツ。ガキんちょのくせして、アタシに付きまとうアイツ。

そんなことを考えてると、不意に頭上が暗くなった。

「良ければ、どうぞ。」

と、声がして見上げるとそこには見慣れた白いマフラーが目についた。

「…っ!あ、アンタ!」

そこにいたのは、アタシを一番不快にさせる例のガキんちょ、コウキ。

「こんにちは、マーズさん、」

「こんにちは、じゃないわよ!何であんたがここにっ!」

「ボクは、大湿原に用があったんです。そしたらマーズさんがいたので。」

最悪、最悪、最悪。

只でさえ気分が悪いのに、こいつと出会ってしまうなんて。

アタシの不機嫌メーターはもう振り切るってレベルじゃない、故障済みよ。

「…入りませんか?雨、強いですし。きっと当分止まないと思いますから、送ってきますよ。」

「だっ、誰がアンタなんかに!」

お断りよ、と言おうとしたら、テレビから天気に関する情報が流れた。

『…と、ノモセシティ周辺を覆う雨雲はしばらく収まる気配がありません。しばらく激しい雨が続くので、お出かけの際には傘をお忘れなく。』

淡々と気象情報を伝えるキャスター。

そして、嬉しそうに微笑むコウキの顔。

アタシは、どちらにも軽い殺意を覚えて握り拳により一層力を入れた。



「マーズさんは、何でノモセシティに?」

「…仕事。アンタには関係ないわよ。」

パシャパシャと足元の水が跳ねる。

現在アタシとこのクソガキ、コウキは所謂相合い傘という状態で。

不本意だが、どうやら早く帰るにはこれが最善の策だったのでしょうがなく、本当にしょうがなく一緒に歩いてやってるという状況だ。

ニコニコするコウキと膨れっ面のアタシ。端から見れば正反対だろう。

「大変ですね、こんな雨の日にお仕事なんて。」

「…別に。」

コウキの話を適当に促しながら歩いてると、ようやくアジトのあるトバリシティについた。

「もうこの辺で良いわよ、後は走るから。」

「えぇっ!?ダメです、そんなの!風邪でも引いたらどうするんですか!」

傘から出て走ろうとすると、コウキがアタシの手を掴んだ。

子供子供と侮っていたけれど、その手は力強く、振り払おうと思っても中々離れなかった。

「大丈夫よ。第一アンタには関係ないでしょ。」

「関係なくてもボクは心配なんです!」

その黒い瞳にまっすぐ見つめられ、言葉が詰まる。

(…何で、アタシ、こんなドキドキしてんのよ…!!)

視線を反らすと、不意にコウキが手を離した。

「じゃあ、これ使って下さい。」

と、先程まで二人で入っていた傘を手渡される。

「使って下さい、って…。アンタはどうするのよ。」

「ボクなら大丈夫です。ポケモン達がいるので。」

じゃあ、とコウキが踵を返して駆け出そうとする。

「…待って!」

気づけば、アタシはコウキを引き留めようと叫んでいた。

その声に反応して、コウキが振り向く。

「…えっと、…あ、ありがと…。」

かぁっ、と熱くなる頬と、高鳴る鼓動。

それを隠すように、あたしは返事も待たずにアジトに全力失踪で走り出した。

「…どういたしまして!」

と、後ろから声が聞こえてますます恥ずかしくなり、水が跳ねるのもお構いなしにアタシはひたすら走り続けた。



(キミと入った相合い傘)(嬉しくなんてないんだから)








マーズさんが別人に。
しかも無駄に長い。