短編小説 | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
「女子の夏服っていいよな」

煩悩にまみれた言葉だった。授業と授業の合間の10分休み、花巻は可愛らしい女の背を見つめながら、幼馴染のなまえにそうこぼす。隅の席、隣にいる私も全く同じものを着用しているのになぜ見向きもしないんだ。そう思ったが言葉にするのはやめておいた。虚しくなるだけだから。

「早く告白すれば?いま彼氏いないし」
「サッカー部の西田のこと好きなんじゃねえの」
「違うって。本人が言ってたよ」

まじかよ、と。ガッツポーズをする男に良かったね、と呟いてレモンティーを一口。もうすっかりぬるくなってしまったそれ。自分の気持ちもこうやって馴染んでいけばいいのに、なかなかそう上手くはいかない。周りの誰にも言われるのだ。花巻のこと好きでいたって苦しいだけだよ、別の人にしなって。おっしゃる通りだ。私のことをただの幼馴染だと思っているこの男は無神経で、多分一生、私からの矢印に気付いたりしない。私から言わなければ、ううん、私がいま真剣な顔をして彼に「すきだよ」って言ったって信じたりしないだろう。またまた〜って笑って、私の背中を叩くだろう。冗談やめろよって、絶対、そうだろう。

「夏休みまでにどうにかなんねぇかな」
「花巻がどうにかしなければどうにもならないだろうね」
「なまえ、それとなく探ってよ」
「探ってるじゃん、イケメン四天王の中では岩泉が好きだって」
「それわりとショックだから言わないで」
「当然だよね、まぁ」
「でも岩泉、彼女いるから。ザンネン」
「可愛い後輩の子ね、知ってます」
「なんでみんな岩泉なんだよ」
「岩泉いいじゃん、花巻と違って硬派な感じで」
「俺だって一途ですけど」
「どこが」
「だって俺あいつしか興味ねぇもん」

花巻の視線の先にいるのは、学年のマドンナだ。平均よりも少しだけ身長は高くて、足がすらりと長い。髪はさらさらのストレートで、瞳は透明感のある明るくも暗くもないブラウン。化粧は先生に注意されないくらいに薄くて、夏が始まったというのに肌は雪のように白い。鼻が高いから横顔が美しくて、勉強はそこそこできる。綺麗な子だ。それなりに仲がいいからよく話すけど、性格だって悪くない。面白いことも普通に言うし、手を叩いて笑うことだってあるが、それさえもどこか上品に見えるから美人はずるい、と思うが僻むのが無駄だと思うくらい、もうレベルが違いすぎる。だからもう、妬む気にもならなかった。

「好きだねぇ」
「好きだね、完全に」
「いいじゃん、ダメもとで告白すれば」
「そんな度胸持ち合わせてると思います?」
「思ってませんけど」
「じゃあ言うなよ」
「めんどくさいんだもん、花巻」
「おいおい、幼馴染だろ?見捨てんなよ」
「見捨ててないからこうやって毎日進展しない話聞いてるんじゃん」
「はいはい、ありがとうございます」
「感情こもってなさすぎ」

机にうつ伏せる男は、でかい図体なのに気が小さかった。情けない、と思うが私だってそうだ。中学の頃からこの男が好きなのだ。弱くて、強がって、その時の勢いだけで生きていて、傷つきやすいけれどその分優しいこの人のことがずっと好きなのに、本人を目の前にすると言えない。振られるってわかっているから尚更。幼馴染でいられなくなるのが怖い。近くにいれなくなるなら、一生、幼馴染でいい。気が小さいのは、私の方なのだ。

「…練習してい?」
「なんの」
「告白」
「はぁ?」
「考えてんだよ、最近。なんて言うか」

女子ってその辺のセンスに厳しいだろ?花巻は私の返事なんて待たずに、脳内で妄想した愛のセリフをぶつけてきた。どんな表情でそれを聞いたらいいのかわからないまま、大好きな人の声が自分の耳に届く。

「好きです、付き合ってください」
「…捻りないし棒読みすぎ」
「ほらな、厳しい」
「考えたの、本当に」
「なまえさんのことが、好きです」

あ、やばい。そう思った頃にはもう遅い。うつ伏せていた彼はぴんと背筋を伸ばして、私の目を見て、真っ赤な顔で言う。まるで、本当に愛の告白をされているかのような錯覚に陥る。わかっている。花巻が好きなのはあの、学年で1番可愛いあの子で、私みたいな平々凡々な女じゃないってわかってるのに。
頭の中で、何度も考えた。いつか花巻がなんだかんだ言いながらも私の気持ちに気付いてくれて「なんで俺、今まで気付かなかったんだろうな」って笑いながら私のことを抱きしめて「俺、なまえが好きだわ」って言ってくれるんじゃないかなって。高校を卒業する頃にはそうなるんじゃないかなって。私も人間だからね、期待しちゃうんだよ。花巻は絶対、気付かないってわかってるのにね。バカなんだよね、私。私の気持ちに気付かないこいつより、花巻は私のことを好きにならないって、その事実を理解しない私の方が、ずっとバカなんだ。

「俺と付き合ってくださ…って、なに、何で泣いてんの。感動した?」
「…ほんと、もうやだ」
「は?」
「ほんと花巻、バカだよ」
「…なんだよ急に」
「私のこと練習台にしないで、」
「なまえにしか頼めねえだろ、こんなこと」
「やだ、こっち見ないで」

なんでわかんないの、って。そう漏らした私を意味がわからないとでも言いたげな表情で、こっち見ないでって伝えているのに凝視して。

「…なぁ、何?どうしたんだよ、言いたいことあるなら言えよ」

好きなんだよ、大好きなの。花巻のこと大好きなの。彼女になりたいの。彼女にしてよ、夏休み一緒に遊びに行こうよ。そう言ったら花巻、離れていくから言えないの。ぐちゃぐちゃで、もう何が何だか自分でもわからなくて、ただ、背中をさすってくれる花巻の手が熱くて、それしかもう、わからなかった。ほらまた、好きになったじゃん。

2017/07/11