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呆気なく死んだ。そんな言葉がぴったりな夏だった。信号機がパッと、赤から青に変わるみたいに、ひとつ前の季節はサヨナラ、また次回と爽やかに別れ、ハロー、セプテンバー、調子はどう?
些か登場が早い気もするが、夏が去ることになんの未練もないのでそれなりに歓迎して迎い入れる。教室の男子生徒はどいつもこいつも肌を黒くし、彼氏がいるあの子もこんがり日焼けしていた。海にでも行ったのだろうか。私には縁遠い話だと溜息、机に突っ伏す。
黒尾と別れてからだいたい1ヶ月。むわむわとしたあの部屋で、ああいうことをして、そんなに上手く忘れられるはずもなくて。黒尾はあまり、日焼けをしていなかった。いやもちろん多少はしているんだろうけど。サッカー部や野球部のやつらと並んでいると、その差は明確。どうせバレーばっかりやっていたんだろうな。彼のそこが1番好きなのに、1番許せなかった。部活以下の自分を、自分自身が許せないのだ。許せない…と言うか、そもそもそれとこれは同じ土俵の話ではないと、そう理解しつつ耐えられない未熟な自分に、吐き気がする。そんな感じだ。

「あれ、お前文化祭実行委員なの」

くじ引きで決められたの。そう言葉を返したと思うが、私はキチンと話せていたのだろうか。間近で見るクロは、あの暑い日と特に何も変わっていなかった。相変わらずだったのだ、いろんな意味で。

「くじ運ねぇな、毎回」
「クロは?」
「スイセン」
「何?クラスでいじめられてんの?」
「はぁ?違いますー、みんなが俺にやってほしいと懇願したので引き受けたんですー」

私に接する態度も相変わらずで、あの空間がこの男の脳内から消去されてしまったのではないかと思うほどだった。なんでそんなにケロッとしているの?そう尋ねたくなるくらい。何も変わないクロに呆気にとられた私はそれに引っ張られるかのように、付き合っていた頃の感覚で言葉を返す。もう終わったのに、と頭では理解しているが、こうやって思いもよらぬことがあると、人はおかしくなってしまうのだ。それをいま、このタイミングで痛感している。

「ま、よろしく。なまえいてよかったわ」
「…うん」

あ、違う。相変わらず、なんて生温い言葉じゃ言い表せない、この感覚。付き合っている頃だったらこんな冗談みたいな言葉、「ねぇそれってどういう意味?」ってヘラヘラ笑って顔をずいと近付けて彼にぶつけられた。もう、言うまでもないがそんなことはできない。この男はどういう感覚でいま、私がいてよかったなんて台詞を漏らしたのだろうか。

「なまえ?」

ほら、こうでしょ。付き合う前は名字で私のことを呼んでいたよね。下の名前で呼ばれるのは私、彼女の特権だと思っていたから。まだそうやって呼ばれると期待しちゃうよ。あの時クロが言った苦しそうな「好きだよ」がまだ彼に残っているんじゃないかって。そんなもの掻き集めたってあるはずがないのに。

「席、ここでい?」

教室、窓側。真ん中よりちょっと後ろの席。そこを指差して私の返答も待たず言葉をするり、するり。

「前詰めろって言われっかな、でもまだ他の学年のやつも来るし、いっか」

よく覚えてるね。私が言ったこと。「席替えで廊下側の1番前になったよ、ほんと最悪」そんな愚痴を漏らしたっけ?クロはからりと笑ってじゃあどこの席が1番好きなのって聞いてくれた気がする。そして私は、いま彼がここでいいかと問うた席を話した。窓側がいいなぁ、授業中外見れるし。1番後ろだと逆に目立ちそうだから、真ん中よりちょっと後ろくらいがいいって。
いやいや、私もよく覚えてんな。自分で自分が可笑しくて女々しくて、いや私は女だから女々しいってのは不適当なのか?とりあえず、泣きそうだった。

「クロ、」
「ん?」
「好きじゃないならさ」

優しくしないでよ。そう言いかけてやめた。そう言ったらクロは本当に私を遮断する、高級で知恵を寄せ集めた遮光カーテンもビックリするくらいに、私という存在をシャットアウトするだろう。こうやって話しかけてきたりしない。徹底的に私との繋がりを排除してくれると思う。優しいから、そういう人だから。それをわかって、言葉が出てこない。自分の胸がギシギシ痛むくらい、どうだっていい。こんな、期待なんてこれっぽっちもなくてもクロとまだ、関わっていたい。彼の視界に入りたい、声が聞きたい。じゃあいいよ、勝手に出血でも骨折でも打撲でも、なんでもしたらいいよ私の心よ。どうせ、放っておいたら治るでしょ?

「…クロ、廊下側の方が好きなんじゃないの?好きじゃないのに、こっちでいいの?」
「よく覚えてんな、お前」
「頭いいからね」
「化学、赤点ギリギリだったのに?」
「化学は専門外」
「なまえに専門なんてねえだろ」
「クロだってないでしょ」
「テスト前に数学教えて〜って縋ったの誰だよ」
「誰でしょうね」
「あら、忘れちゃったのかな?賢い賢いなまえちゃんでしょ?」

頬杖をついて、ちょっと腹の立つ表情でこちらを見てくるものだから私はもうズタズタだった。これ、どうやって治すんだろうね。放っておいて、治るか心配だけど治らなかったら治らなかったでいいや。私多分、ずっと忘れられないし、どうせ。
ねぇクロ、またどうにか戻れないかな?私ね、わかるから怖いんだよね。クロは関わらないでって言えば私と永遠に距離を取るけれど「元に戻ろうよ」と言えば戻ってくれるでしょう?私ね、その最終手段をね、いつか使ってしまいそうで、 怖いよ。だからあんまり、手繰り寄せないで。ついていきたくなるから。窓から冷たい風が私たちを冷やすが、もう私たちは冷えている。

2017/09/13