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「行かないの?」
「人多いから。及川こそ行かないの?」
「人多いから」

夏休み前、そう言っていた。ガッカリした。行かないの?じゃなくてさ。一緒に行こうよって言うでしょ普通。みんなわかってることじゃない、私と及川が両想いだって、担任の宮川だって知ってるよ。なのになんで花火大会の1つや2つ誘ってこないの?私の浴衣姿、見たいとか思わない?私は及川の浴衣姿見たいよ、言ってやらないけどね。そんなことを思った夏休み前が遥か遠くのことに思える。8月に入って、彼の姿を頻繁に思い出すようになった。夏休みなんていらない、及川に会えないこの罰ゲームみたいな熱いだけの1ヶ月が邪魔で仕方ないからカレンダーを勢いよくはぐってぶっ飛ばしたいけど、そうしたって無駄なことはじゅうぶんにわかっているのでしない。連絡すれば返信をくれる。それもわかってるからできない。返事が来なかった時に消えたくなるから。ベッドに携帯を投げて、はぁと溜息。早く9月になあれって魔法を唱えていた時だ、着信音にドキッとする。あわあわとしながら通話ボタンを人差し指でタップした。

「…もしもし、」
「なまえ?いま大丈夫?」

ぱん、って破裂したのは私の心臓でお間違いないでしょうか?呼ばれた名前にもうすっかり気を良くしていた私は自分ができる精一杯のかわいい声で彼の呼びかけにこたえる。

「うん、だいじょうぶ」
「久々、元気?」
「うん、元気」
「俺も元気」
「うん、」

聞いてねえよって思ったけど声に出せなかった。クソつまんねえ女だと思われるのも怖い。どうしよう、どうしたらいいんだろう。そう悩んでいる私への気遣いなんてないようで、及川はとんとん会話を進めた。

「いま出れる?」
「いま?」
「うん」

花火大会に誘って来ないくせに、その当日に誘い出すこいつはやっぱりどうかしてる。そう思うしそう突っ込むのが私なのに、コイスルオトメ的な病におかされた私は少女漫画みたいな反応しかできない。

「うん、だいじょうぶだよ」
「本当?ごめんね急に、なまえの家の近くにいるんだけどさ、あの公園来れる?」
「公園?」
「うん」
「あの、ちっちゃい公園でいいの?」
「そう、ブランコと滑り台しかないあの公園」
「うん、10分くらいで行ける」
「ん、気を付けて来てね」

とん、と通話を断絶。しんとした部屋、血液をくみあげる心臓はうるさくて、そればかりが身体に響く。どうしよう、10分で行くって言っちゃった。鏡を前にして絶句。髪をささっと梳かして、チークをふわふわ乗せて友人から誕生日プレゼントで貰ったグロスを塗って部屋を飛び出す。Tシャツに短パン、女子力の低さよりも及川に早く会いたいという気持ちが優っているんだ。サンダルに足を突っ込んで、携帯と財布だけ持っていってきますをする。向かっている間の脳内は彼のことだけ。よくよく考えたら何をするのか、なんのために呼び出されているのか全くわからないが、それでもよかった。彼に会えるなら、それで。

「なまえ」

ヒラヒラ振られた手と呼ばれた名前。彼も私と同じような格好だった。ベンチに腰掛ける彼の方へ、右足と左足をぎこちなく動かす。

「ごめん、急に」
「ううん、」
「座る?」
「うん」

会えて嬉しいとか、電話ありがとうとか、言いたいことがぶわっと溢れて結局どれも音にできない。そんな私を知ってか知らずか、隣の綺麗な顔の男はいつもと変わらぬ様子で話すから、ますます調子が狂う。

「じゃん」
「花火?」
「いとことやった余り。一緒にやろうと思って」
「…及川、いとこいたんだ」

余ったという割には大量にあるそれがなんだか不自然に感じて、彼の持っていた手持ち花火の詰め合わせと、それが入っていた白いビニール袋を取り上げる。それを見て、及川って結構バカなんだなって思った。新品のそれ、白いビニール袋の中にはレシート。今日の日付、しかも30分前。気付かないフリをする私は我ながら結構、いい女だと思う。

「いっぱいあるね」
「どれやる?」

及川が楽しそうだったから、それでいいよなって自己解決した。もしかしたら彼も私と同じ気持ちだったのかもしれない。そう思ったら嬉しいがじわじわ身体を侵食していく。9月なんてこなくてもいい。明日なんてこなくてもいい。ずっとこうして彼の隣で美しいを振りまく花火を見ていたいって、そう思うくらい。交わす言葉なんてつまらないものだった。綺麗だね、ってそれだけずっと繰り返していたけれど、それでじゅうぶんだった。彼の隣に私。それだけでもう、全てが満たされていて。

「行かなくてよかった、花火大会」
「え?なんで?」
「こっちの方がずっといい」
「…ねぇ」
「ん?」
「なんで言ってくれないの?」
「え?」
「こんなまどろっこしいことしてさ、なんで言わないの?」

じゅう、と。私たちが持っていた花火が息絶えて、暗闇。及川は何も言わなかった。私はせきとめられない気持ちをぶつけてしまっていると気付いていたけれど、欲しかった。及川からの言葉が欲しくて、もう友達じゃ嫌で。

「私から言えばいい?」
「なまえ、ちょっと待って」
「待てないよ」
「いや、こっちにも段取りがあるから」
「なに、段取りって」
「そりゃ線香花火してる時に早く落ちた方が…みたいなやつやりたいじゃん」
「そんなシチュエーションどうでもいいんだってば、いま言って欲しいの、いまじゃないと嫌なの」

いや、だからさ…とわしゃり。髪を乱してパッとこちらに向き直ってギュッと手を掴まれてきたきたきた、とアドレナリン。暗がりでもはっきりとわかる整った顔がぶわっと赤くなっていて、その原因は私で、気分は最高だった。

「すき」
「…知ってる」
「…あのさぁ、可愛げとかないわけ」
「だって遅いんだもん」
「こちらの都合もあるじゃんか」
「それにしても遅いよ」
「…ずっと、会いたくて、」
「うん」
「なんか、うん…」
「私も好きだよ、及川のこと」
「…知ってる」
「うん、知ってるよね」
「…キスしてもいい?」
「線香花火、私より長くできたらいいよ」
「ほんと?」
「うん」

嬉々とする及川に告げてやりたい。わざと先に落とすから安心してていいよって。それを言わずに黙って火の玉を落とす私はやっぱり、結構いい女だ。

2017/08/09