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陽が沈むのが早くなりましたね。更衣室ではそんな話がほとんど毎日、繰り返されていた。夏だったらまだ明るかったのにね、そろそろマフラーつけてもいいですかね?いつも通りの、部活終わり。いつも通りの疲労感。ガチャリと扉を開けば、彼がきらりとこちらに視線を向けた。お疲れ様です、と律儀な挨拶を添えて。

「送っていきます」

清水先輩もいた。谷地ちゃんもいた。なのに、私を見て彼はそう言った。恥ずかしかった。先に帰るね、と1つ年上の彼女。美しい彼女の口元が緩んでいるのは、気のせいなんかじゃない。口パクで言われる、がんばってね、って。何を頑張れって言うんだ。影山くんはぺこりと、2人に頭を下げてその後に私を見た。あの、まっすぐな目で捉えられて、あぁ嫌だなぁってそう思った。

「…みょうじ先輩?」

夏の暑さのせい。そう思うのが最善な気がして、私たちは冷房の効いたバスの中で、1つも言葉を交わさなかった。かっこ悪いキスが恥ずかしかったわけじゃない。ただ、順番を間違えたのだ。しかし、それを訂正する勇気もなくて、お互いじりじりと太陽が炙っている夏の景色を窓から見ていた。見飽きている景色だった。私は彼の瞳と自分の瞳を合わせたくて仕方なかったのに。身体の表面は冷気でぐんぐん冷やされるが、内側がじゅくじゅく熱くて、どうがんばっても火照りは取れない。季節が変わってもうこんなに冷えるようになったのに、彼にじいと見つめられると、名前を呼ばれると、またあの熱が蘇るのだ。困ったものだった。

「どうしたの?」
「どうって…」
「大丈夫だよ、1人で帰れるし」
「暗いんで送っていきます」
「昨日も暗かったじゃん」
「昨日は日向の自主練付き合ってたので」
「影山くん、方向違うよね」
「途中まで送ります、みょうじ先輩さえ良ければ家まで送りますけど」
「いいって、送らなくても。1人で平気だよ」

そう言った後に彼の表情を見てしまったから、私はもう降伏。眼光鋭いはずの彼の目は弱々しくて、声にも力がない。そんなに俺と一緒に帰るの嫌ですかって、そう問われているような気がした。そうじゃないんだけど、そうじゃないということは全く、伝わっていないのだろう。多分、色々悩んで困って勇気出して誘ってくれたんだろうなぁ。そう思ったらなんでこんなにバカみたいに強がっているんだろうって、そう思えてきて。急に誘ってすみませんと謝罪をし、くるりと背中を向けた彼の腕を掴んだ。びくりと反応した影山くんは、とても驚いていたし、なんスかって、ちょっと大きい声で言ったみたいだけど、私もあまりよく覚えていない。とっさの行動だったが、後悔はしていない。

「送って、」
「…みょうじ先輩?」
「やっぱり、送って?だめ?」
「だめじゃないです」
「一緒に帰ろう」
「はい」
「ありがとう、待っててくれて」
「いえ」

口元に手をあてて表情を隠す彼が憎たらしかった。ちゃんと見せてよ、ただでさえ暗くてよく見えないんだから。肩を並べて、ゆったり歩く。歩幅が揃っていることに感動した。合わせてくれている。沈黙が怖くて、気まずくて、私は焦っていた。緊張もしていたし、戸惑ってもいたし、いっぱいいっぱいだった。先輩なのにダサいって自分でもそう思うけれど、心臓はどうやったって高鳴りを止めたりしない。校門までが異様に長く感じた。こんな時間なのに、ちらほら生徒の姿も見えて、誰かに見られたら迷惑じゃないだろうかって、四方八方、気になりすぎて。

「…嫌じゃないですか」
「え?」
「すみません、俺」
「…嫌じゃないよ」

俯いてばかりの私を、彼がずっと見下ろしながら様子を伺っていたなんて、そんなこと知る由もない私は、本当に情けない先輩だと、それはじゅうぶん自負している。だから彼を見上げて、ぐるぐる話題を探して、ねぇって話しかけてみる。声が震えていることに、気付かれませんように。

「ずっと、待ってたの?」
「いや、ちょっと前まで田中さんとか西谷さんもいたんですけど」

彼はそこで言葉をやめた。私と同学年の彼らの名が出たことに、特に驚きはなかった。よく影山くんのことを構っているし、そういうタイプのやつらだし、でも影山くんがなんだか、ムズムズとした様子なので、深読みしてしまう。いたんですけど、なに?そう聞いてやれば、彼は答えた。はぐらかすとか誤魔化すとか、そういうのはできないみたいだ。

「2人がよくて」

彼の枷は完全に外れているようで、そこから私は若干唖然としながら、影山くんの口から飛び出してくる羞恥心を煽る言葉に困惑しっぱなしだった。ねぇちょっと待ってよ。そんな願いが届くはずもない。声は、ひっきりなしに鼓膜を震わせる。薄っぺらいそれも、予想だにしない言葉に困却。え?これどうするの?なんて答えるの?慌てふためいているせいで、全身がとても騒がしい。

「あの、…俺たちって付き合ってますか」

どのくらい黙ってしまったのだろうか。自分ではさっぱりわからなくて。影山くんに「ねえ私いまどれくらい黙っていた?」と聞くことはできなくもなかったが、常識的に考えてそんなことを聞く意味などないように思えたし、私が問うよりも先に彼はまた言葉を繰り返した。ちょっと黙っていられないのかな。あぁ、私が黙りすぎなのか。

「時々、聞かれるんです」
「…何を」
「彼女いるのかって」
「誰に?」
「クラスの女子、とか」

谷地ちゃんから話は聞いている。影山くんはどちらかと言わなくても女の子に人気があって、彼女自身、同級生によく聞かれると言っていた。「影山くんて彼女いるのかな?」「好きな人いるか知ってる?」「どんな女の子がタイプなのかな?」そんな質問は珍しくないと。そりゃあそうだ。何なら私だって、たまに言われる。男バレの一年生かっこよくない?って、同級生に。

「みょうじ先輩が浮かぶんです」
「え?」
「彼女いるのかって聞かれた時に、みょうじ先輩のことが浮かんで、それで」
「ちょ、っと…待って」
「…はい」
「言って、ないんだよね?それ、誰かに」
「はい、でも、次聞かれた時は答えてもいいですかって、今日それ、聞こうと思ってて」
「…ダメだよ」
「ダメですか」
「絶対ダメ、何考えてんの」

自分が校内でどれだけ目立つ存在なのか、よく考え直してほしい。瞬く間に校舎の中で充満するんだからね、その話。そんなのクラスメイトに知られるだけでも恥ずかしいのに、田中とか西谷とか、ましてや縁下とか、あの辺にバレたらと思うと恥辱でしかない。そう思って絶対言っちゃダメだからねって、そう念を押せば彼は露骨に歩むスピードを鈍くした。あ、やばい、いやそうじゃなくて。そうなんだけど、そうじゃないんだけど。

「違うよ、影山くん…そうじゃなくて」
「そんなに嫌ですか、俺と付き合うの」
「いやだからそうじゃないんだけど」
「そうじゃないってなんですかそれ」
「だって…なんていうか、恥ずかしいでしょ」
「俺は恥ずかしくないですよ」
「恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないです」
「ドキドキしない?」
「ドキドキっつーか…緊張はしますよ、俺、みょうじ先輩のこと好きなんで」

言葉はするん、と。私の胸に刺さって、嬉しいがぼこぼこ沸騰するような感覚。あ、その言葉言ってくれるんだ。感心したのも束の間。みょうじ先輩は俺のこと好きじゃないんですかってそう聞かれて、私はとてもじゃないけど、その二文字を口にすることなんて出来なくて。いやそもそも、いま私、影山くんに好きって言われたの、結構すごくない?いや思い出すと結構、くる。だめだ、どう考えたってダメ。もう降参。ちょっと、もうダメ。

「…ちょっ、と…待って、だめ、言わないで」
「…みょうじ先輩?」
「ここでいい、」
「え?いや、あの」
「ありがとう、送ってくれて」
「ちょ、俺まだ聞いてないんですけど」
「無理、言えない」
「何でですか」
「だから恥ずかしいんだって」
「あの時の、」

じゃああの時のキスは何だったんですかって、彼が私の腕を掴んで苦しげに言うもんだから、動かそうと思っていた足は貼り付けられたかのように動かなくて、逃げられないって悟ったからやけくそで言った。アスファルトと彼のスニーカーと、私のローファーと、それを見ながら言った。好きって、ほとんど聞こえないような、溶け出したような声で、言った。

「…離して」
「離したくないです」
「離してほしいです」
「何で、」
「だから…、恥ずかしいって言ってるじゃん…!」
「それだけですか、理由」

じゃあ絶対離しませんって、そう言って私をぎゅうと抱き締めて、耳元。苦しい。身体に彼の声が響いて、クラクラする。

「誰にも言わないって約束します。だから、みょうじ先輩は俺の彼女でいいですか」

なにそれ、絶対言わないとか絶対嘘でしょ。そう言い返して、彼の頬にキスを。どう?恥ずかしいでしょ。私、もっと恥ずかしいんだからね。月の光が眩い日でよかった。彼の染まった頬が、しっかり見えたから。

2017/10/26 秋月