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内緒にしましょうと提案したのは私で、それに不満を抱えているのも私で、それはなんとも、滑稽だった。影山先輩とは、付き合ってもうすぐ三ヶ月が過ぎる。私が2年に上がってすぐ、ものすごく突然に呼び出されて、もごもご連絡先を聞かれて、私ももごもご11桁の数字を伝えて、簡単に自己紹介をした。私はもちろん、そんなことしなくても彼のことを知っていた。とても有名な人だった。同じ学年の子はもちろん、烏野に入学したばかりのピカピカの一年生だって知っていた。バレーボールが上手で、身長が高くて、顔もかっこよくて、クールでミステリアスな雰囲気のある影山飛雄先輩のことなんて、校内の誰もが認知していた。そんな人に呼び出されたものだから、私は相当に浮かれていたし、もちろん緊張もしていた。

「…言いたいことあるなら言えよ」
「言えるわけないじゃないですか」
「なんで」

なんでって、人間が聞かれて1番困る質問らしい。なんで?どうして?そうやって理由を求められたって困惑するものだ。なんでって、そりゃなんでもだよ。そこに理由をつける必要なんてないの。言えるわけないったら言えるわけないの。頭一つとちょっと、彼の方が背が高くて、ツンとした瞳に見下ろされている感じで、心臓がばくばく、動いていた。なんでこんなことになってるんですか?そう聞けたらいいけれど、そこまで素っ頓狂な質問をするほど、イカれてはいない。だから、何も言えない。この沈黙どうするんだろう。彼の学ランの襟の辺りをじっと見ていたが、それを少しあげるとパチン、視線が合って、声が出そうになる。ドキドキさせないでください。そんな言葉が自分の耳に届いて、自分の声だということに唖然として。

「どういうことですか」
「なんで敬語なんですか」
「また怖いとか言うんだろ」
「影山先輩は言葉遣いがどうこうじゃなくて、雰囲気が怖いんです」
「雰囲気ってどういうことだ」
「だから…そんな質問ばっかりしないでください、どういうことだとかどういう意味だとか」

見かけたのだ。同じ学年の女の子が昼休みが終わる頃、影山先輩に声をかけていて、プレゼントを渡していて、彼はそれを受け取っていて、なにやら幾つか言葉を交わしているところを、見かけたのだ。一気に私のご機嫌は雲行きが怪しくなって、しとしとと雨が降り出して。私が決めたことだ。私たちの関係は他の人に知られないようにしましょうって。私なんかが影山先輩と付き合ったら、それはもう、不釣り合いでしかないから。

「みょうじさん、聞かないと言わないだろ」

影山先輩に言われていた。人がなに考えてんのかわかんねえから困らせるかもしれないと、彼が私に好きだから付き合ってほしいと、そう言ってくれた時に補足としてそう、言われた。今それをしみじみと痛感している。こっちだって彼が女心を理解してくれるタイプだとは思っていない。思ってないけれど、ここまで理解しないタイプだということも、思っていないわけでありまして。そして私も、彼がなにを考えているのかなんて、理解しかねるわけで。

「なぁ」

そう言えば先ほどから壁に貼り付けられているのだ。放課後、清掃の時間。廊下で彼とすれ違って、パッと目が合って、そこまではいつも通りだったけれど、私からそれをパッと逸らしたのだ。あの瞳に他の女の子がうつったという、それがもう嫌だった。害虫をなんとなく嫌だなぁと思うようにとても自然に、思考なんかをぐるぐるまわさなくてもわかる、単純な「嫌だなぁ」という気持ちが充満して、同時になんて心の狭い女だろうと、そういう気持ちもあるから。不釣り合いが加速していくのもすごく、やりきれなかったのだ。

「逸らしただろ、目」
「逸らしました」
「なんで」
「ほら、また」
「…っ、そりゃお前、っ」
「じゃあ全部言えばいいんですか?」

わかった。興奮しているって、自分でよくわかっていた。私は基本的に、大人しいと思う。授業中に発言するときの声量は小さいし、身体を動かすことよりは席に座って本でも読んでいる方が気が楽だ。遅刻とか無断欠席とか、そういうことをするタイプでもない。目立たず、静寂を保って生活をしたいのだ。そんなことを望んでいるのに影山先輩と付き合いたいって、そう思ってしまったから自分を変えなくてはならないのかもしれない。彼の彼女、という肩書きだけでは満足できなくなっている私は強欲で意地汚いのだろうか。好きで好きで好きで、本当に好きで、大好きで仕方ないだけなのに、ダメなんだろうか。泣きたいという感情がわあっと押し寄せてくるが、どうにか堰き止めて、返事もせずに唖然とする彼を、もっと唖然とさせることを言う。

「隣のクラスの女の子と影山先輩が話しているのを見たんです、2人っきりで」
「隣のクラスの女の子?」
「影山先輩は覚えていないかもしれないですけど、私が見たので間違いありません。さっき、昼休みに」

これから部活で、体育館に向かう彼をあまり長く引き止めてはいけない。だから簡潔に、わかりやすく、端的に話す。なるべくダラダラ、ねちっこく言わない。そもそも、シンプルなのだ。いま私が抱え込んでいるこのどろっとした心情は、単純に嫉妬なのだから。

「嫌です、あぁいうの。本当に嫌。嫌なんです」
「あぁいうの」
「影山先輩が私以外の女の子と話すの、嫌です。業務連絡なら仕方ないけど、そうじゃないなら嫌です」

どうにか涙を引っ込めて、早口でまくしたてるように言葉をぶつけた。彼にこうやって要望を伝えたのは、初めてのことだと思う。わがまま…と言うか、なにか主張して嫌われるのが怖かったから。もっと連絡を取り合いたいとか、2人でたくさん写真を撮りたいとか、試合の応援に行きたいとか。影山先輩としたいことはどんどん増える一方。でもそれを声に出せやしないのだ。動かして壊れるくらいなら、じっとそっと、このままでいたい。彼の手のひらの温度さえ知らないけれど、彼女でいられないよりはずっといいと、思っていたはずなのに。もう、それだけじゃ、嫌だった。

「…わりぃ」
「なに笑ってるんですか」
「みょうじさんも嫉妬とかするんだなと思って」
「当たり前じゃないですか」
「わかった、悪かった、気をつける」
「…本当ですか?」
「うん、本当、ごめん」

部活終わったら連絡するからって、私の頭をわしゃりと撫でて、その場から去っていく彼。翌日2年の教室があるフロアは彼の話題で持ちきり。廊下の熱気がムンムンと伝わってくる。「大事な人がいるから、告白には応えられない」と、そう言われたらしい彼女はみんなに聞こえるような声で言う。
大事な人って誰?!影山先輩って彼女いるの?!
やかましい声が耳にこだまして、でも不思議と不快ではなくて。
ザンネン、それ、私です…なんて、手をあげたりしないけど。独占欲がどぷんと満たされて、鼻歌なんか歌いそうになっちゃったりして。

2018/04/10 title by 草臥れた愛で良ければ