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滑稽だと思った、我ながらものすごく、滑稽だった。優しい田中にどっぷり甘えて、どろどろになったら少し楽になる気がして。

大好きだった彼氏にフラたのはクリスマスの前だった。温度が下がりつつある彼だった。どうにかもう一度ぐつぐつ煮えたぎるような恋がしたくて、背伸びして入ったブランドショップ。店員さんは私にとても親切だった。忙しい時期だろうに、彼の好みがわからなくてと苦笑する私の話を微笑んで聞いて、「こんなに真剣にプレゼントを選んでもらえるなんて、お客様とお付き合いしてる方は幸せですね」なんて言った。でもまぁ結果的に鼻をかんだティッシュペーパーをゴミ箱に落とすかのように、とても自然に何気なく別れ話を切り出されたわけで、つまり、彼は全然、幸せじゃなかったんだろうな。私から一方的に愛されて好きを押し付けられて返品もできなくて、くるしかったんだろうな。あの日購入したプレゼントは、時が止まったように綺麗な包装紙と小洒落たショップの袋に包まれて部屋で大人しく待機している。

「いや、ダメだろさすがに」

田中に迫ったのは、なんとなくだった。年末、高校の同窓会。久しぶりに会った彼はあまり変わっていなかった。だいたい5年ぶりだ。変わっていなかったけれど、私はちょっと、視力というか、なんというか、その辺がもうイカれていた。誰だって良かったわけじゃない。なんで田中?という問いに答えるのならば、アレだ、彼は私のことが好きだったらしいから。学生の頃、入学してすぐの頃、そんな話があったような気がしなくもないから。それだけだ。

「…だめ?」

簡単だった。酔っ払ったって、それで大抵通用する。世間だってそうだ。酒の席だったから。アルコールを摂取していたから。誰かを殴ったとか、車を運転してフロントガラスをバリッと割ったりとか、不倫したとか、なんだかんだとか。酔っ払ってたんで、ってずるいけど万能な言い訳だ。正常じゃなかったんです私。そのアピールにもってこいの言葉なんだ。

「ちょ、まじで…」
「したくない?」

送ってってそう言えば、仕方ねえなと田中は言ってくれた。めんどくさそうに、でもニカッと笑って、ピリピリとした寒さの中、彼はじわっと暖かかった。手は繋いだりしなかった。そういうんじゃない。もう、そんなものじゃ満たされないのだ。もっともっと、深いところまで来てもらわないと、飢えた私はもう、手のひらの温もりなんかじゃ、もう。

「なまえ」
「ねぇ、お願い」
「ダメだって」
「なんで?」
「なんでって…、俺たち付き合ってねえし、」
「じゃあ付き合お?」
「いやだからさ…そうじゃなくて」
「なに?田中まだ童貞なの?」
「ちげえわ」
「私じゃ嫌?」

頑固というか、真面目だと思った。今までも何回か数人とこういう流れになったことはあるが、どの男もそれを遮ったりすることはなかった。なんで俺たちがセックスするの?って、そんな疑問を抱く男はいないんだよ普通。したいからする。それなのに田中は私たちが交わることに何か理由を付けようとする。“したいから”じゃなくて、“なんでしたいのか”を述べたら良いのだろうか。なんでしたいのかって…したいからしたいのだ。それ以外に理由って必要?そしたらそうだな…寒くなってきたし、寂しいし、田中がそばにいるし、私の部屋でこの時間に2人きりだし、…あと何個言えば納得してくれる?私がすごくしたいからって、それだけじゃ、ねぇ、だめ?

「…だから、なんつーか…順序があるだろ」

未だごねる彼がいい加減、鬱陶しかった。一段ずつ上る階段のような恋愛をお求めのようなので、彼の指先とこの間シンプルなジェルネイルを施したばかりの私の指先をそっと触れ合わせ、お互いピクンと反応したところでキュッと繋ぐ。体温を分かち合ったのでステップワンは終了、次に進もう。私から彼の頬にキスをして、少しずつ唇に寄せていってやる。田中はオロオロしていたが、唇の横に私がキスした後は、彼から私の唇にキスをしてくれた。ゆっくりとしたキスだった。嬉しいのと、なんか、こう、がっかりとは言わないけど、田中も結局ここまでだったか、と。そんな風に思っている自分がうざったかった。したいしたいって言っていた私は、結局構ってちゃんなのだ。女って悉く、面倒な生態だよなと吐き気。そして田中は、ほんのり触れるだけのキスを私にした後、好きだって言ってきたから一気に萎えた。雰囲気に流されやすい男が大嫌いだからだ。甘ったるい空気に飲まれて適当な愛の台詞をほざいて、しかもそれはなんのひねりもない「好きだ」ってくだらないワードで、ストンと冷える。何も言わない私に田中は焦って言う、急にごめんって。繋いでいた手を解いて、両手を小さくあげて、撃たないでくれって、そう降参のポーズをとっていたが、私は銃など持ち合わせていない。

「ごめん、やばい、本当ごめん。順序があるとか言ったのにごめん」
「…いいよ、続きしよ」

シケた空気は今からどうにかできるのかどうか、私にもわからなかったが、一応ここまできてしまったのだから引き返すのもアレだし。そう思ってもう一度彼に触れようとしたら後ずさりされた。ポカンとする私、顔が真っ赤な田中は、やっぱり童貞なんじゃないだろうか。

「いやいやいや、もう無理だから…無理、触らないでください」
「…え?」
「もう僕無理なので、ハイ、やめましょう」
「え?なに?どういうこと?」
「こういうことです」
「しないの?」
「しないです、離れてください」
「なんで」
「いやだから…順序が…」
「別にいいってば」
「よくねえよ」
「いいって」
「ダメです、しません、僕帰ります」
「は?」
「キスしたのは謝る。ごめん、理性が息をしていなかった、申し訳ない」
「ふざけてんの?」
「…大真面目ですけど」
「なにが言いたいわけ?」
「いや、ですから…」
「なんでちょこちょこ敬語なの」

田中はモゴモゴと、何か言いたげではあったが、中々何も言ってこなかった。でも、私は待った。言葉を伝えようと、どうやったら嘘偽りなく伝わるだろうかと、彼がそう考えていたような気がしたので、興奮気味な自分を押さえ込んでちょっとの間、黙った。そしたら田中はぽそっと溢した。好きだからって、照れ臭そうに、言った。選びに選んだわりには、地味で、シンプルで、可愛い言葉だった。

「なに、」
「なまえのことが好きだから」
「…なんで」
「なんでって…仕方ねえだろ、高校の頃から好きだったし…」

田中は若干恥ずかしそうに、それでも何かがプツンと切れたのか、穏やかに丁寧に話す。途切れる言葉が心地よくて、のんびりした彼の声につい、黙って聞き入ってしまう。貰ったことのない言葉が、荒んだ心をほんわり、包み込んで、よしよしって、慰めてくれて。

「でも高校の頃、なんもできなかったから…で、高校卒業して、大学で女の子と付き合ったりしましたけど、忘れらんなくて、…続かなくて、んで、いい加減忘れようと思ったら今日久しぶりに会って、…」
「まだ好きなの?」
「…ハイ」
「私のこと?」
「そうですね」
「だからなんで敬語なの」
「わからん、ちょっともうどうしたらいい?」
「私に聞かないでよ」
「デートしない?」
「デート?」
「とりあえず」
「順序?」
「うん、そうそれ、順番に」

ダメですかねって彼が言うから、だめじゃないですよって言ってやれば小さくガッツポーズなんかしちゃって。そんな彼を見ていたら、高校生に戻りたくなった。そしたらもっと前から、田中の彼女にしてもらえたらしいから。今からでも遅くないとは思うけれど、多分順番に進めたらあと3ヶ月くらいはかかりそうだし、それってちょっと待ち切れないような気もするし。

2018/03/31