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ちらりと様子を伺った。きれいだなあと思って、そんなこと考えている場合じゃないって気付いて、呼んだ。ほとんど呼んだことない彼の名字。眠りが浅かったのだろう。パッと顔を上げて、一瞬混乱して、でもものの数秒で状況を理解したようで、教科書に視線。どうしようどうしようって、なぜか私の方が焦っていた。そして彼に言う。答え、4だよって、コソコソ言う。落ち着き払った声で、彼が言う。教室に静かに、響く。

「4」

木曜日。2時間目の数学の授業。私の隣の席の月島くんはスヤスヤと眠っていた。滅多にないことだった。いや、最近だ。最近増えたんだ。そんな気がする。部活が忙しいのだろうか。それともテスト前だからだろうか。理由は知らない。ほとんど話したことないから。でも、ほんの少しだ。なにも最初から最後まで眠っているわけではない。5分とか10分、そのくらいの時間、彼は普段授業を受けている時とほとんど変わらない姿勢で、目を閉じてスッと眠る。眠っている時まで隙がないよなぁと思ったりする。

「はずれ」
「え?」

一定のテンポを指示通り保つメトロノームみたいな彼が、予定にない素っ頓狂な声を出すのと同時に、私も変な声が出そうになって、それをどうにか喉のあたりで引っ込める。周りのクラスメイトもなんだかざわついていて…あぁそれは月島くんがこういう場で間違えるのが物凄く珍しいからで、それってつまり私が間違った答えを彼に伝えたからで、もう私は自分の机の上のノートしか見れないわけで。どうしようが脳内をこだまする。どうしようって、どう考えたってどうしようもないんだけれども。

「月島が間違うなんて珍しいなー。ここ、基礎の基礎だぞ?」

ちゃんと復習しとけよーって投げやりな声があって、はいじゃあ次って、別の子が正しい答えをさらりと述べる。私と月島くんの机は30センチくらいしか離れていないのに、5メートルくらい離れているみたいに冷え冷えしていた。先生すみません、もう一回復習しなければならないのは私なんです。今回のテスト範囲、出だしから難しすぎませんか?いやむしろ後期に入ってから数学が数学とは思えない難易度になっていませんか?いやそれよりも月島くんごめんね、私が数学できないばっかりに。数学ができないと言うか、正直進学クラスなのに数学以外もそんなに得意でないけれど。本当にごめんなさい声に出せないけれど。いやでもそもそも授業中に寝ている月島くんが悪かったりしない?そんな風に開き直りたくなる。寧ろ開き直るしかないよもう、時間は巻き戻せないんだから。

「さっきはどうも」

数学の授業時間は、冗談抜きで今までで1番長く感じた。罰ゲームをしているみたいだった。1分は1分で、それって60秒なわけで、その辺は揺るぎないはずなのに、冗談よしてよってくらいに、長かった。キンコンカンコンってチャイムが鳴って、ガタガタギィって椅子と床が擦れて、謝らなきゃと思うのに声は出なくて、クズだな私って自分に自分で矛先を向ける。まぁ、向けられて当然なんだけれども。授業と授業の間の10分休みが半分くらい終わったところで、頭上から声がした。隣の席の彼の声だった。さっき、私がとても失礼なことをした、月島くんだ。ことん、と机の上に置かれた紙パックのココア。さっきはどうも?意味がわからず顔を上げる。怒っていると言うか、呆れているような表情にその言葉はするっと、飛び出していった。

「ご、ごめんね、さっき」
「なに、さっきの。嫌がらせ?」

話し方に抑揚がないと思っていたのに、意外とそれは存在していた。本気で怒っていないことくらいは、すぐにわかった。

「ち、違う、本当ごめん、そんなつもりじゃ、」

月島くんの印象は、以前からずっと変わらない。綺麗で、クールな男の子。よくもまぁ、こんな田舎の高校に、こんなに洗練された男の子がいるもんだなぁと感心せざるを得なかった。背が高くて、聴いてる音楽はきっと私が全然知らないやつで、勉強頑張っているわけじゃなさそうなのにいつも成績良くて、顔ちっちゃいし、授業中にお腹鳴ったりしなさそうだし。

「え?じゃあ本気で間違えたの?あの問題」
「え?」
「さっきの数学の」
「…私、別に月島くんのこと嫌いじゃないし」
「本気で間違えてるのが1番怖いんだけど。来週テストだよ?」

大丈夫なの?って小馬鹿にするような顔で言われた。大丈夫なの?ってなに?月島くんってなに?こんな感じの人なの?困惑が充満して、私はとてもじゃないが、彼に言葉を返すテンションじゃなかった。なんかこんな感じでポンポンとテンポよく、会話のキャッチボールできると思ってないわけですよ、こちらは。呆気にとられる私に彼は言う。それあげるって、ココアを指差す。私の机に佇むココアは、急に注目されたわけだが誇らしげだった。

「えっ、なんで?」
「お礼」
「お礼?」
「教えてもらったし」

間違ってたけど、と皮肉たっぷりに言われる。結構性格悪いし根に持つタイプなんだなぁと新しい発見。いいの?いいよ、というやり取り。ありがとう、とお礼を言えばどういたしましてって返ってくる。つまらないやり取り、新鮮なやり取り。

「次はちゃんと、正しい答え教えてよね」
「授業中に寝ない方がいいと思うけど」

ストローを紙パックに刺しながらそう言うと、月島くんはお前何デカイ顔して正論言ってんだって顔で私を見る。ふふふんって、ちょっと偉そうな顔で甘い液体を口内に。ザンネン、返してって言ったってもう遅いよ。つめたいそれは、滅多に話さない隣席の彼との会話で火照った身体を、ひゅうと冷ます。

「みょうじさん、やっぱりわざとでしょ」
「わざとって言ったらどうする?」
「正直わざとじゃないのが1番怖いんだってば。あんな中学生みたいな問題間違えてるんでしょ?」
「起こしてあげないよ?」
「本当にわかんないんだ」

ちゃんと復習しときなよって、あの数学教師みたいな口調で同い年の彼は同い年の私に言った。

「ココアなんていらないから数学教えてよ」
「もう飲んだくせに何言ってんの、図々しいな」

そりゃそうだ。そう思ってケラっと笑ったら随分呑気だねって、彼は私を見て呆れていた。そこで私たちの会話は幕を下ろして、彼はスマートフォンをいじくる。あまいあまい液体を体内に充満させながら、見惚れる。横顔は相変わらず、綺麗で模写したくなる感じだ。私、絵描けないけど。
来週テストかぁ、月島くん、それまでに一回くらい、また授業中に寝ないかなぁ。

2018/03/18 title by 草臥れた愛で良ければ