短編小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
冗談だった。最近飛雄から安っぽくて甘ったるい香りがするから、冗談で言った。冗談半分、どころか冗談5分の4くらいだった。だったのに、彼は急に顔を曇らせて、何も言わなくて。なんなのこいつ、って思った。なんなの、なに考えてんの、意味わかんないんだけど。なんでそんなに、嘘つけないの。あの頃のままなの。

「え?なにそのリアクション」

口を紡いだままの飛雄に問うた。それでも彼はなにも言わなくて、俯いて、神妙な顔をする。なにこいつ、いつそんな相手見つけたの。バレーボールと私にしか興味ないくせに。昔から私のことが大好きで、好きだ好きだと口癖のように言ってきて。その度に「飛雄とは付き合わないよ」宣言したって、それでも好きなんでと言って、しつこく、呆れるくらいに好きだとそう言ってきた男なのに。なんで。

「…飛雄、浮気したの?」
「すみません」
「いや、そうじゃなくて。浮気したのかって聞いてんの、謝れなんて言ってない」

我ながら、鋭利な刃物のような言葉だと思った。私は彼の口から聞きたいのだろうか。飛雄の優しさだと思うんだ。すみませんって言葉は、今の会話の流れから言えば完全に肯定の言葉なわけで。「浮気しました、すみません」って、そういうことなのだ。出だしの「浮気しました」が省略されているだけ。そんなことがわからない私じゃない。ただ、許せなかった。私のことが好きで好きで仕方なくて、でも私は首を横に振ってばかりだったから、そんな様子を見兼ねた周りの人間に口を揃えて言われていた。他の女にすればいいのにモテるんだからって。そうやって茶化されても私しか見なかった男が、私以外の女と。

「なまえさん」

怒りをチラチラと見せる私に、怯えている様子はなかった、開き直っているのだろうか。はいそうです浮気しました、俺それなりにモテるのでって、そんな感じだろうか。応答しない私のことは全く、気付いていないような感じで彼はぽつんと謝罪する。だからさ、もういいって。なに?耳ふさがってんの?鼓膜破れてんの?なに、頭おかしいんじゃない?

「すみません、俺」
「飛雄、浮気なんかできるんだね」
「…え?」

私の言葉はきちんと、聞こえているようだ。耳が聞こえないわけではないらしい。聞こえているのなら、何度も謝らないでよ。惨めだから。

「もっと上手にしなよ」

可愛い男だった。好きだよと言ってやれば私をぎゅうと力強く抱き締め、俺も好きですと、照れ臭そうに言うし、酔っ払った私が連絡もなしに彼の家に押しかけ、殺風景な玄関で突然キスをすれば「酒臭いんですけど」「なにしてんスか」と呆れながら唇を貪ってくれる。飛雄、と名前を呼ぶだけできらきら瞳を輝かせ、凛とした声で返事をする。そんな彼が私は、大好きだった。愛に近かった。

「別にいいよ、浮気くらい」

浮気くらい?嫌だよ、絶対嫌。だって飛雄は私のものでしょう?どうしたらいいの。背中に私の名前でも掘っておけばいい?そのくらい好きなのに、愛おしいのに、意地を張った言葉ばかり音にしてしまう。飛雄が泣きそうなことに私は気付いていたが、それどころじゃなかった。多分私の方が、涙を落としてしまいそうだったから。こんな歳下の、可愛い男の前で泣くわけにはいかない。私は飛雄の前で、泣いたりしない。ここで涙なんか流したら、私が飛雄のことが大好きみたいだから、泣いたりしない。
私のことが大好きな飛雄。そんな彼を煩わしそうにしながらも受け止める私。私たちはそういうパワーバランスなんだ。だから、言葉を止めたりしない。止めるのは、今にも溢れそうな涙だけだ。

「…いい、んですか」
「いいよ、いいけど…いいけど、もっと」

あぁ、やっぱりどうやったって泣きそうだ。悲しいのか悔しいのか憎たらしいのか、どの感情なのか自分自身全く理解できない。カラフルな絵の具をごちゃごちゃと混ぜ合わせたような、濁った、汚れた気持ちなのはわかる。わかるけれど、何色なのかはわからないし、何色を混ぜ合わせているのかもわからない。
よくないよ。これっぽっちもよくない。ぽろんと飛雄が泣いて、相変わらず綺麗に泣くなと感心していたが、その後にぐしゃりと顔を歪めた。なんで君がそんな顔するのかね。泣きたいのも顔ぐしゃぐしゃにしたいのもこっちだよ。

「もっと上手にしてよ」
「…なまえさんは、上手にしてるんですか」

ぐしぐし、鼻を啜りながら飛雄は私にそう聞いてきた。単純に腹が立った。私はもうね、飛雄で大満足なんだよ。飛雄がいいの。貴方の愛想ないところとか、嫉妬深いところとか、ひたむきすぎて視野が狭いところとか、バレーボールばっかりなところとか、全部。ダメなところも全部、大好きなつもりだったよ。でもこれは話が別だよね。私じゃない女の家で、やることやって、その女のバスルームに置いてあるピンク色のシャンプー使っていかにもな甘ったるい香り漂わせている男のことなんて、愛せるはずないじゃん。え?待って?今そのシャンプーの匂いがするってことは、昼間その女とヤってたってこと?つるりとしたその頬を、殴ってやろうかと思った、よくもまあ、そんなことしておいて普通に私と会えるね。神経疑うよ。どうなってんの、こいつ。セックスのやり方だって、私で覚えたくせに。

「あのさぁ」
「そういうことですか」
「…いまは飛雄の話してるんだけど」

私が気付かないとでも思ったの?そう呟いて一筋、流してしまう。それを見るや否や、彼は私の瞳をびちゃびちゃの瞳で捉えて、言った。気付けばいいと思いましたって、そう言った。

「俺は、思いました。なまえさんが気付けばいいと思って、しました」

濡れたほほをべろんと舐めて、唇にキスをして、背中に腕がまわって。私は飛雄がなにを言っているのか、さっぱりわからなかった。

「俺ばっかり、好きなんじゃないかって」

めそめそ泣く男の首に、耳に、綺麗な指先に、ちょっと強く、噛み付く。バカだよねぇ、本当。本当、救いようのないバカだよ。好きよ、大好き。そう言うと飛雄はいつもみたいに言う。俺も好きです、大好きですって、言う。

2017/11/07