使い捨てカイロみたいな関係だと思っていた。ある程度楽しんで、時が過ぎて冷えて硬くなれば、ぽい。そう思っていた。なのに熱は下がらなくて、寧ろ熱くなっていくばかりだから、正直困惑する。
鉄朗はかっこいいわけでもないのに、女の子から人気があった。確かに背は高いし、身に纏う洋服はシンプルなものばかりでよく似合っていた。仕事もそれなりにできるみたいで、結構有名な会社に勤めている。でもそんなに顔がかっこいいわけじゃない。なのに、モテた。だから私の代わりなんていくらでもいるわけで、そもそも私と出会った時には彼女がいたわけで。なので彼にとって私は遊びというか、暇つぶしというか、そんな認識だったはずだ。
「美味いね」
「本当?」
「うん、本当。なに、なんで今まで隠してたの」
隠していたわけじゃない。人並みでしかない料理の腕など、セックスフレンドである鉄朗に披露する機会がなかったし、そもそもそんなことを彼に聞かれたこともなかったからだ。私たちが会う理由はそういうことをするためであって、夜景を見てうっとりしたり、洒落込んだレストランで食事をしたり…今の時期だったらあたたかい色に染まる葉を眺めて楽しんだりとか、そんなのは皆無。どちらかの自宅で、ベッドで、身体を触れ合わせながら気持ちいいところを探り合う。好きだよ、愛してる。そんな言葉が生まれたことはない。だから一年くらい前からちょこちょこ料理を勉強し始めた、なんてアピールするタイミングはないのだ。その証拠に私は鉄朗のことをあまり知らない。休みの日に何をしているかもわからないし、どんな音楽を聴くのかも、最近見た映画も、好きなバラエティ番組も、気になっている女優の名前も、なんでこの間、長く付き合っていた彼女と別れたのかも、知らない。私とのことがバレたのだろうかとも思ったが、優しいペテン師みたいな鉄朗のことだ。そんなヘマはしないだろう。
「鉄朗は料理しないの?」
「しないねー、外食ばっか」
「ふーん」
「料理できるっていいね、俺もやろうかな」
「外食ばっかで飽きない?」
「飽きるね、確かに」
じゃあたまに食べにきたらいいよ、一人分も二人分もそんなに労力変わらないし。そう思ってはいるが、声には出せない。鉄朗は親切だから、じゃあお邪魔するわって笑って言ってくれる。建前だ。美味しいって言葉も多分そう。この人は優しすぎるんだ。だから、もう冷め切っている使い捨てカイロのような私を抱き続けてくれている。ごわごわで、これっぽっちもあたたかくなくて、すっかり飽きたであろうに、こうやって半年近く、コンスタントに時間を作ってくれている。ピリオドを打つのが下手な男なんだろうなと、そう思っていた。トン、と打つだけでいいのに、できないんだ。たわやかな男は、ずるい。だから、わかっていたから。深入りしないようにしていたのに、今日のことがあって、ますます彼がわからなくなった。なんで今日、会おうと思ったのだろうか。それも勿論、本人に聞けやしないのだけれど。
「また作ってよ」
「え?」
「だめ?俺も手伝うし」
ほら、まただ。多分彼はわかっていない。「また」って言葉がどれだけ私を嬉々と躍らせるのか、わかっていない。わからなくて、言葉が出てこなくて、声も出せなくて、出し方も忘れて、返事に困って、当然、鉄朗も困っていた。
「なまえ?」
「あ、うん、そうだね、作るよ。作るけど、」
「なに?金取るとか?お前そういうとこあるよね」
「取らないよ、取らないけど、」
「なんだよ」
「…なんか、鉄朗変だよ」
「変?」
「できないのに会おうとか言うし」
「それそんなに言う?」
「だって変だもん」
「だめ?」
「だから、だめとかじゃなくて」
そうだよねえって、鉄朗はぼやいて、暫く黙った。のんびり食事を進める。テレビをつけておけばよかったのだろうか。ハツラツと話すアナウンサーの声は普段なら雑音でしかないのだが、こうなるとあった方がいいような気がして、考えを改めなくてはならないと、そう思ったりして。静かな空間、軽くはない空気。そうなんだよなぁ、それなんだけどさって彼が言った。多めに作った食事は、綺麗に胃におさまっていた。
「俺たちさ、付き合わないのかね」
「え?」
「ちゃんと、普通に」
胸の前で2つの手のひらを合わせて9文字の言葉を律儀に発して、どうする?って言って、彼は席を立った。空になった食器をキッチンに運んでくれる。私も、慌てて立ち上がる。ちゃんと、普通にって、なに?皿を洗い出す彼、呆然とする私。鉄朗は私の方を見ずに、質問を飛ばしてきた。
「なまえ、いま彼氏いるの?」
「いない、よ」
「ふーん」
「…ねぇ、」
「なに?」
「どういうこと?」
「いや、どうかなと思って」
「鉄朗は、」
「俺はなまえが好きだから、まあ…なんつーか、そうしたいなあと思うんだけど」
彼は私が水につけておいたフライパンまでも、自分の食器とまとめて洗い出す。私とのこれからについての話と洗い物と、どう考えたって天秤はこちらに傾くはずなのに、彼は丁寧に皿を洗う。大きな手で、洗う。
「どう?」
「…その、鉄朗の好きって、なに?」
「なんだろうね」
「なにそれ」
「今のままだと、なんかさ」
「なに」
「こえーな、んな怒らないでくださいよ」
「怒ってなんか、」
「ない?」
ねぇ、どう?
流れる水の音が止まる。くるり、鉄朗はこちらに向き合って、多分さぁって、話し出して。
「俺のだって、思いたいんだよね」
「私が?」
「なまえが」
「鉄朗の?」
「そう、俺の」
「…鉄朗は?」
「…なまえの?」
「私の?」
「うん、どう?」
ちょっと考えて、いいかもしれないと思って、「いいよ、それいいね」って言ったら彼はへにゃり、しゃがみこんだ。鉄朗を見下すのは、なんだかとても、新鮮だった。私たちは恋人に昇格したらしい。昇格でも降格でもない気はするが、結構、いい感じだ。やったねって、そう思って私も屈んで、目を合わせてふふふって笑って、なんだろうね、これ。やったね。嬉しくなっちゃうね。
2017/11/11