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肌が荒れないから、気付かなかった。仕事終わり、なまえは男に連絡を入れる。まだ彼は仕事中だし、出ないかもしれないと予想していたのにツーコールで繋がったので驚いた。もしもし、の声が不自然じゃないかどうか、もう彼女自身よくわからない。恋人じゃないのに、こうやって2週間に一回くらい会って、外で食事をして、抱き合う。なまえと黒尾はそんな関係だった。それがもうだいたい、半年くらい続いただろうか。元々お互いに恋人がいて、でもこの半年の間でお別れをし、フリーになったものの、だからといって恋人に昇格するのもおかしい気がして、相変わらずの関係のまま。あ、昇格と断言するのもアレなのかもしれない。恋人とセックスフレンドという関係に、上も下もないのだ。それはそれで良さがあるし、これはこれで、まぁ、悪くないのだ。よそはよそ、うちはうち、みたいな。そんな感じだ。隣の芝生は青いとよく言うし、そんな感じだ。

「もしもーし」
「もしもし、」
「はいはい」
「お疲れ様、いま電話大丈夫?」
「おー、どうした?」
「ごめん、今日やっぱり会えない」

だから、こうなった私に価値はない。それはしっかりわかっているなまえだった。なんかあった?と返してくる黒尾の声は抑揚がない。焦りを諭されまいと、演技派な男は精一杯ノーマルな声色を意識している。少なくともなまえは、こんな風にドタキャンされたらあからさまに酷く落胆してしまう訳で、その辺りは黒尾が一枚、上手だった。

「生理きちゃって」

こうなってそれなりに時間は過ぎたのに、そういえばそんな理由で断られたことのなかった黒尾は、少々面食らってしまう。それ本当か?本当だとしたって…と、様々な憶測を巡らせたせいでしばらく黙り込み、不審に思った女の声で名を呼ばれてハッとする。黒尾は下の名前で呼び捨てにしてくる、年下のなまえが好きだった。可愛い声のくせに、精一杯鋭くしようと頑張って育てた棘があって、そのアンバランスな感じが好きだった。気の強い女ぶっているのが、可愛くてたまらない。

「鉄朗?」
「体調悪い?」

質問が飛んでくると思っていなかったなまえが、今度は黙り込んでしまう。シュミレーションはしていた。「あぁそうなんだ、了解。それじゃあまた連絡する」って、そう言って1週間くらいした頃にポツンとメッセージが届いて、私はそれを待ち望むのだろうと、だいたいそんな感じの流れになると思っていたのに。

「なまえ?」

黒尾は優しかったが、必要以上に距離を詰めてこなかったし、憶測ではあるが大抵の人にとても親切だった。性別が女なら尚更だと思う。食事をした時、若い女のウエイトレスが散々待たせた後に間違った料理を持ってきたって、笑って許していた。「こっちの方が美味そうじゃん、ねぇ?」なんて同調を求められたのでものすごく返答に困ったのを、よく覚えている。怒らないんだね、と帰りの車内で話を持ちかけたら「怒るほどのことじゃないでしょう。誰だって間違えるし」とあっさり、言った。あまり感情の起伏がない男だと、なまえは黒尾のことを、そんな風に思っていた。

「ううん、そうじゃないけど」
「そうじゃないの」
「うん、そうじゃないんだけど」

できないから会うのもアレかなと思って。なまえは当たり前にそう言った。黒尾は一瞬考え込んでしまう。1週間の真ん中、仕事の頑張りどき。彼女との約束がなければもう少しゆったり仕事を進めているところだが、19時に約束があったので張り切ってキーボードを叩いていたわけだ。あとこれくらいで片付くだろうな、そう検討がついた頃にそう言われたって、なんというか、こちらの気持ちもあるわけであって。

「会おうよ」
「え?」
「え?嫌?」
「…できないよ」
「いいよ、それは」
「よくないと思うけど」
「俺、会うつもりだったし会おうよ」
「…いいの?」
「なまえが嫌じゃなければ」

ずるい聞き方だろうか。無理やりでないだろうか。電話というのは便利だが、不便だ。顔が見えない状態で声を待つのは、かなり、スリリングだった。なんで、と思っているのだろう。そりゃあそうだ。なまえと黒尾は恋人でない。セックスフレンドだ。だから交わらないのに会うのは、ちょっと可笑しいのかもしれないけれど、会いたいんだから仕方ない。黒尾は静かに女の返事を待った。女は静かに、考えていた。

「…嫌じゃないけど」
「僕、いま頑張って仕事終わらせてるので」
「頑張ってるの」
「頑張ってますよ、会いたいので」
「ごめんね」
「なにが」

わかっている。できないのにごめんねって、女がそう言いたいことくらい、黒尾はキチンと、わかっている。でもそんなことはさして重要でないのだ。もう単純に、焦がれているのだ。どうにかうまいこと、恋人になれないものだろうかと、そう詮索している最中。もちろんなまえと身体を重ねるのは堪らなく好きだが、それだって女のことが愛おしいからであって、じゃあ何でそんな関係になったのかって、そうしてでも彼女の隣にいたかったわけで、別れたなんて報告があった時には内側で思いっきりガッツポーズしてしまったわけで。

「迎えいくから待ってて」
「うん、」
「もう出るわ」
「…仕事、いいの?」
「うん、いいのいいの」

なまえちゃんの為ですからねってそう言ってもなまえ本人は全くその発言の真意に気付かないし、電話を切った後に女が頬の火照りを抑えていることを、男は知らない。ただ急いで会社から脱出して、もうすっかり頭にインプットされた彼女の家まで車を走らせて、着いたと連絡を入れて、インターホンを押して。早く早くと、待ち遠しい。別になにをするわけでもないのだ。会いたくてそれだけで、仕方ないのだ。

「こんばんは」

にこり、と挨拶。そんな男とは対照的に、なまえは後ろめたいような、そんな雰囲気を醸し出して、黒尾に謝罪をする。

「ごめんね、ほんと」
「いいって、まじで」
「ねぇ、出る?」
「ん?どっちでもいいよ。なんか食いたいもんある?」
「…ご飯、作ったから」
「なまえが?」
「うん」
「料理できんの」
「人並みに」
「まじで、うわ、嬉しい」
「嬉しいの」
「嬉しいでしょ」

好きな女の子の手料理よ?
そう言えない黒尾は、結構、奥手だ。言葉を飲み込んで、ゆるゆると暖房の効いた部屋に入る。今夜好きだと言ってしまおうか、非常に悩ましい問題だ。まぁ多分、言えないのだけれど。

2017/11/06