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「ご馳走様でした」

はぁい、と。店内から明るい声。私もボリュームを絞った声で彼と同じ台詞を呟いた。2人きりになる車内でこれからどうやって静粛と戦えばいいのだろうか。乗って、と短く言われ助手席に。

「なまえちゃん、家どっちだっけ?」

あ、これで終わりなのか。カーナビを弄りながら彼がそう言うから、内心ひどくがっかりした。まだ20時前。そりゃあ、明日も仕事だし、これが会社の飲み会なら喜びのあまり顔がほころぶところだが、これはデートな訳で、彼との。これで今日は終わりなんだって思ったら寂しくて、でもそんなこと伝えたら「がっついてんな、この女」って思われそうだから。
この辺の駆け引きを、必要以上にしてしまうのだ。大人になったからだろうか。もっとこう、思ったままに思ったことを口にし、こうだと思ったら即行動すればいいのかも知れないけれど、とにかく、嫌われるのが怖い。今すぐ好きになって、なんて言わないから。言わないから、また会ってくれる?それだって聞けない。臆病意気地なし、そう言われたって反論できない。

「最寄りの駅まで、お願いしてもいいですか」
「うん、いいよ」
「そしたら、賀名木まで」
「了解」

黒尾さんは適当なことを、適当なトーンで聞いてくれた。仕事のこととか、この間の合コンメンバーの近況とか、自分のことはほんの少ししか話してくれなくて、黒尾さんがトントンとリズムよく私に問いをぶつけてくる感じだ。ぶつける、なんて言うと乱暴に聞こえるので少し違うのだが、ゆるっと、ふわっと、山なりに渡してくれる感じだった。彼に対して柔和な雰囲気など、初対面の頃は持ち合わせていなかったのに、今はすっかり温柔な人柄だと、そう思っていた。表面がグレーっぽい色なのに、内側からは朝、日が昇るときのあたたかいオレンジと眩くも細い光が覗く感じ。もっと見たい、触れたいと手を伸ばしかけるが、なんとなくそれは実態がないように思えて、掴む勇気もなくて。掴んじゃったら多分、私の方が好きになる。いや、もう好きなんだけど。ほとんど。

「今日ごめんね、急に誘って」

そろそろエンディングですか。ナビを見る限り、目的地まであと3分と言うところ。それを踏まえて彼は、締めくくりにきているのだろうか。ずいぶん余裕だなぁと思った。私は名残惜しくて仕方ないって言うのに。

「また誘ってもいい?」

視線は、私に向いていない。サラッと、流れるように生まれ出た言葉は私の身体に熱を巡らせる。なんて答えるのが正解?いや、正解も何も、ないのかもしれない。もう勝手に、私の考えすぎる口が動いていたから。色々、逆上せていた。良くも、悪くも。

「また、って、いつ?」
「ん?」
「いつ、黒尾さん空いてますか」
「…基本的に週末は大丈夫、だけど」
「今週は?」

ほら、狼狽えてるじゃん。またね、なんて社交辞令なのわかってるよ。社会人の常識的な?そんな有耶無耶なの嫌。週末に貴方との予定があるかないかで、こちらのコンディションも決まってくるんだから。早いとこ予定、取り付けたいの。

「今週、いいの?」
「金曜の夜は?」
「…俺はいいけど」
「私もいいですよ」

そっと踏みつけられたブレーキ、最寄りの見慣れた駅。あぁ、結構、やっちゃったな。酔っ払ってもないのになんだろうこれは。まだ驚いた表情をする彼に申し訳なさみたいなのが込み上げてきて、送っていただいてありがとうございましたって言ってシートベルトを外してドアを開ける。むわむわと変な空気が充満した車内に、秋の夜が入ってくる。冬ほど冷たくなく、春ほど浮かれていなくて、夏ほど厭らしくない。そんな、火照った肌に馴染むような空気が、入ってくる。

「待って」

掴まれた腕は痛くはないが、しっかりと拘束されて、彼は必死そうにこっちを見ていた。私が彼の顔と彼の手に拘束された手首を交互に見たところで、ごめん、とぼやかれる。

「ごめん、待ってっていうか」

恥ずかしいもんだ。簡単なことなのに。だって今日、私たちは自分の心の内をそれなりに見せ合ったし、大人だから察することもできる。あと3回くらいデートしたら恋人になるんだろうなって、私も彼もそう思っていた。でもそれ以上に、お互いに思っていた。
今日、これで終わり?早くない?って。

「…ごめん、正直言うと帰したくないけど帰したくないなんて言ったらなんか、悪いかなぁと思って…ほら、一応歳上だし格好つけたかったけど」

すげえダサいね、俺。
もうちょっと一緒にいたくて、と。それも付け足されて手首が解放される。黒尾さんは項垂れるようにそう言うが、ダサいなんてこれっぽっちも思わなかった。寧ろ私が言いたかったことを言ってくれるものだから、嬉しくて、もうそのまま抱きしめてほしいくらい。そう言ったらまた彼は驚くんだろうか。こういう女、嫌いじゃないかな、大丈夫かな。そう心配は抱えつつ、でももう、いいか。一緒にいたいし。

「…黒尾さん、」
「ごめん、がっついて」
「家まで送ってもらってもいいですか?そこの交差点出て右折して、ちょっと行ったところなんですけど」
「…いい、けど」

バタンと扉を閉めて、シートベルト付けて、はい、アクセル踏んでいいよって合図する。困惑したままの彼。そこから3分で着いたのはもちろん私の家で、彼はまだ同じ感情を持ち合わせているようで。そこのパーキング停めてって指示をする。スムーズに車を納めた彼、ありがとうを伝えて、車から降りる。今度は阻まれなかったが、明らかに戸惑っていて、なんか面白くなってきて。

「…上がっ、て、」
「いいよ」
「…いいの?」
「ダメって言ったら上がらない?」
「…上がら、上がる、ごめん」
「ふふ、いいですよ」

狭いし何にもないですけど。
社交辞令的な言葉。実際広くもないし、冷蔵庫もスッカラカンだ。でも、いいでしょ?私、いるし。

「なまえちゃんて、こんな感じなんだ」
「え?」

エレベーター。三階です、と彼に告げて色っぽい指でボタンを操ってもらう。欲情しかけて、いやまだ早いよと自分を抑え込むのに必死。言葉の真意がわからず、聞き返してみる。

「もっとこう…慎ましい感じだと」
「慎ましい?」
「だからこう、葛藤してたんだけど」

誘ってもよかったのねと言われ、よかったんですよ、と返事をする。言葉のチョイスも、その発せられるタイミングも、どれをとっても妙な会話だった、とてもいい、会話だった。

「ダメですか?」
「ん?」
「初めて2人きりで会った男の人、部屋に上げるような女だとダメですか?」

サンカイデス、と機械的な声。だって黒尾さんのこと好きなんですもん、ってぽそっと言ってやる。開く、のボタンを押して私が出るのを待ってくれる彼。背中に彼の声が聞こえる。その後ふわりと、腰に手がまわる。

「…ちゃんとこっち見て言ってよ」
「えぇ、そんなこと言われても」
「もっかい」
「黒尾さんだってちゃんと言ってくれないくせに」
「あ、俺が悪いみたいな空気にしたろ?」

がさごそと、バッグの中の鍵を漁る。ドアを開けたらとりあえず、どうしようか。インスタントのコーヒーでも飲む?バラエティー番組でもゆるっと見て?車内での他愛ない話の続きでもする?
いや、そんなことよりとりあえずキスがしたくてたまらないのだ。そう思うと中々、鍵が見つからなくて、あぁもう、早く重ねさせてと、そう、思ってしまうのだ。
あ、あった。

2017/10/10 end