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ベタにドキドキした。その辺の男にやられたら「何カッコつけてんだ」と思うだろうに、彼がやると絵になった。しっかりとした体格のせいだろうか。私がもう若干、彼のことが好きだからだろうか。助手席に腕を回して狭いパーキングに車をおさめる姿は、とろけるようによかった。

「本当いいの、ここで」

気まずそうに彼は言った。ストレートに表現するとすれば、小汚い定食屋だった。暖簾もかなり古い。おんぼろで崩れそう、とまでは言わないが、インスタグラムに載せたいという衝動にはかられなかった。

「ちょっと行ったところに女の子が好きそうな隠れ家的バーもあるけど」
「なんですか、それ」
「なんかこう、ムーディーな感じの」
「よく、女の子連れてくんですか?」

シートベルトを外しながら、きょろり。彼を覗き込んで言ってみる。ふっと笑った彼は、そのままにまにまと、私を眺めた。

「あら、やあねぇ、人聞き悪い」
「否定しないんですね」
「女の子に困ってるから合コン参加してこうしてなまえちゃん誘ってるんだけどね」
「困ってるんですか?」
「可愛い彼女ほしいでしょ、そりゃ」

彼が車から降りたので、私も同じ行動をとる。店内はどうやら、馴染みの客ばかりのようで、私だけちょっと、変な空気に包まれている気分だ。珍しいですね、と。若い学生のような女の子が、黒尾さんを見て第一声、そう言った。

「イラッシャイマセ、でしょ」
「いらっしゃいませ、すみません、彼女いたんですね」
「彼女じゃないけどね」
「え?妹さん?」
「顔似てないでしょ」

それ以上詮索をすることもなく、彼女は私たちを奥の席へと案内し、プラスチックのコップに汲まれた水とメニューを寄越した。彼はほとんどそれを見ようとしないので、さてどうしようかと戸惑ってしまう。

「刺身定食まだある?」
「今日はランチで終わっちゃったみたいです」
「残念。そしたら俺、鯖で」
「はい」
「…あぁ、ごめん、悩みますよね、ゆっくり決めて」
「はい、」
「魚なら…今だと秋鮭が人気ですね。野菜食べたいなら彩り定食、ヘルシーめのおかず6品付いてきます。がっつりいけるならチキン南蛮美味しいですよ、女の人にも好評です」

化粧っ気のない、爽やかでナチュラルな雰囲気の彼女はスルスルとそう説明する。耳に届く声は低くもなく、高くもなく、聞き取りやすいものだった。にこりと笑ったままの彼女の笑顔はつくりものではなく、なんかこう、いい子なんだろうなぁと勝手に推測し、緊張しかしておらず自然な笑顔なんてつくりだせない私は嘘っぱちで笑って、注文をする。

「…チキン南蛮で」
「はい、お願いします」
「飲まないんですか?」
「車なのよ、俺。なまえちゃん飲む?」
「あっ、いえ、大丈夫です」
「だそうです」
「承知しました、お待ちください」

彼女が去ってしまうと、というか、去ってしまうのは当然なのだが、彼も私もさてどうしようかと、そんな感じだった。もう、大抵のことはわかっている。黒尾さんはほんのり私に気があって、私もそうわかって彼がかなり、気になっている。つまり、この昔ながらの定食屋で「恋人になりませんか?でもまぁお互いのことよくわかりませんし、飯でも食べて探り合いましょうよ」というところだ。そういう会なのだ、これは。

「よく行くの?合コン」
「…そう、ですね…月に一回あるかないか、です」
「あのメンバーで?」
「だいたい…たまに別の子も来たりしますけど、」

黒尾さんは?と、そう聞きたくてももう、この状況がどうしようもなく恥ずかしくて、情けなくて。車内ではこうやって向き合わなくてよかったからまだ、普通に話ができたけれど、目の前に彼がいて、店内はしっかり明るくて、やっぱり顔…と言うか、雰囲気は好みだし、話し方も悪くない。安っぽい大量生産のそれを掴んで喉を潤す動作だって、なんだかこう、グッと来るものがある。

「緊張してんの?」
「してます、」
「なんで、」

車内で笑った時と同じような感じで、視線を落としてふふふ、と。またこちらをチラリと見る。こんなところで緊張しても仕方ないでしょう、と彼は呟く。言い返したかった。こんなところで緊張しても仕方ないと、それはわかっているけれど身体が勝手に緊張するのだから仕方ないでしょう、と。言えやしないけど。

「なんか質問ある?」
「はい?」
「俺に」

一問一答的な、と言ってヘラヘラ目尻を下げる。わかるよ、私だってそこまでバカじゃない。彼がそれをときほぐそうとしてくれているのも、それって彼の優しさなのもわかるけど、言葉1つにきゅんとするからやめて。正常でいられなくなるから。

「…鯖、好きなんですか」
「初っ端それ?好きだよ」
「よく、ここ来ます?」
「うん、週2くらいで」
「お酒、強いんですっけ」
「普通、そんな飲まないよ」
「黒尾さん、スーツ、似合ってます」
「急に質問じゃないのきたね、ありがとうございます」
「あっ、すみません、っと、誕生日、いつですか」
「来月。11月17日」

なに?祝ってくれるの?
そう彼がずるく綻ばせたところで料理が到着する。ふわりと私たちを包むいい香りに、一問一答は一時中断、と思ったのに。

「鯖とチキン南蛮です」
「はい、ありがとう」
「はーい、ごゆっくりどうぞ」

箸置きから私の分も取り出してくれて、はいと手渡される。ありがとうございます、と早口で言うと、彼は手を合わせて食前の挨拶。間髪入れずに私に問うた。味噌汁の椀を左手に持ちながら。

「なまえちゃん、彼氏いない?」
「…え?」
「彼氏」
「いない、ですよ」
「いいな、と思ってる人は?」
「…それ、は…あの…」
「ん?」
「それ、いま、言ってもいいんですか」
「あー…っと、ごめん、変なこと聞いたね」
「いえ、あの、そうじゃなくて、黒尾さん」
「え?」
「…そんな、何回も言わせないでください」

あれ、やってしまったかもしれない。いやでも、誘導尋問みたいなものだったでしょう、今のは。そのやりとり以降、彼は黙ってしまい、返事がない。無性に恥ずかしくなって、こちらもいただきますと独り言のように呟いて食事を始める。チラチラチラ、彼を観察してみるが、特に言葉を発してくれる訳でもない。周りの客のガヤガヤにどうにか救われて、半分くらい食べ進めたところで、彼がゆっくり、こちらを見る。

「…え、待って」
「はい、」
「いまの」
「え?」
「なに、気になってるって、俺?」

なんでそんな当たり前のことを問うのだろうか。そう思って会話を思い出してみると、まぁ確かに、若干わかりにくいか。でもそんな、ストレートに聞かないでほしい。驚いたような表情をつくった彼は、頬を染めた私を見て、あぁごめんと謝った。

「なんかこう、ちょっとさ、結構本気だから」

がっついてごめんと、彼はぼやいて食事をゆっくり胃におさめていた。私はもう彼のことを見れる訳もなく、そこからだいたい10分間、チキン南蛮を咀嚼する作業に徹した。今となっては味噌汁に何の具が入っていたかすら、全く思い出せないのだ。初デートだと言うのに。

2017/10/05