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高校生の頃、まだ付き合っていない頃。クラスメイトという肩書きを所持していた私たちは地元では少し有名なお祭りに行った。本当は浴衣、着たかった。「可愛いじゃん」って言って欲しかったけれど当時から光太郎がそんな男じゃないことは知っていたから普段通りの格好で待ち合わせ場所に向かった。緊張のあまり会話が続かない、なんてことはなかった。なぜなら光太郎がよく話すからだ。ただ、私は何を話したか覚えてないし、後々確認したら光太郎も何を話したか、覚えていないらしい。つまり、互いにとても、緊張していたのだ。露店で売られているそれは所詮玩具なのに、つい足を止めてしまう。明らかに安っぽい飴玉みたいな石のついたそれ。子どもの頃、ねだっても買ってもらえなかったなぁと、そんな記憶をゆっくりと掘り起こしていた。

「どーした?これ?」
「えっ、ううん、違くて」
「おじさんこれちょうだい、2つだといくら?」

彼は私から皆まで聞くことなく、代金を支払ってなまえはこれなって赤いひし形のそれを私の手のひらに。つけてやろうか?と言われたがそんなのいいよと強がることしかできない。そんなことされたら好きが溢れるからダメ。

「俺のも選んで」
「…木兎のサイズなんかないでしょ」
「小指につける」
「なにそれ、ウケる」

じゃあこれ、と。選んでくれたものと同じ色で、ひし形ではなくまあるいタイプのものを選んでみる。はい、と差し出されたのは大きな手のひらだ。

「えー?つけてくれないの〜?」
「はいはい」

バクバクする心臓にちょっと黙っててよ!と喝を入れて彼の手を取り、指輪を小指に押し込んだ。それでも第2関節で止まってしまって、2人でゲラゲラ笑う。私も自分で、ちょっと浮かれていたから、左手の薬指にそれを無理やり押し込んで彼の小指にあるのと順番に眺めて、嬉しくなった。

「ありがとう」
「ん?どういたしまして」

お揃いだって、とにかく嬉しかった。難しい言葉なんて必要ない。何度も言うが、本当に嬉しかったのだ。そこからくるんとまわった季節のおかげで、私たちは恋人になった。大学生になっていた。そしてもうそろそろ、大学生も終わりそうだった。春が来れば、大人、というよくわからないカテゴリーに分けられてしまうらしい。

「そんな大事なの?」
「うん、そんな大事なの」

夜中、隣で眠る光太郎を叩き起こす。我ながら自分もかなり勝手な女だなぁと呆れてしまう。普段は騒がしいくせに眠っている時は妙に静かなその男は、大きな瞳を擦りながら定番の一言。

「…何時?」
「1時12分」
「どうしたの、」
「指輪がないの」
「ん?指輪?」
「うん」
「なまえ、指輪なんかするっけ」
「今日なんとなくつけたの、それでコンビニ行って、そういえば夕飯作ってる時にはなかった」

スマートフォンのLEDライトの明るさにはちょっと感動した。思っていたよりもずっと広く明るく、夜を照らしてくれる。隣には大きなあくびをしてそのまま大きな身体を伸ばす光太郎。彼は随分我儘でのびのびとしているのに夜中に叩き起こして無理難題を押し付けてもこうやって付き合ってくれるのだ。昔から、そういう男だ。

「どんなの?」
「どんなのって」
「どんな指輪?」
「…指輪は指輪、」

ふーん。彼はそう言いながらチカチカとそこらじゅうを照らしてくれている。ごめんね、恥ずかしくて言えないよ。光太郎はとっくに無くしているだろうし、もはやそんなことがあったことを忘れているだろうから、言えない。だって一昨日のランチになにを食べたか覚えていない男だ。寧ろ今朝なにを胃におさめたかの記憶があるのかどうかさえ怪しい彼だ。

「…ないね」
「明日また探そ?明るくなったら見つけやすいし」
「うん、ごめん光太郎」
「ん?」
「夜中に起こして、」

あと指輪なくしちゃってごめん。声には出せっこないがそう唱えてみる。謝罪をすると彼はぽかんとして、からりと笑う。感情が豊かだといつも感心するが、彼が笑うと冗談抜きで周りが照らされるような感じがするのだ。勿論正確な情報を伝えれば、周りを照らしているのは寂しい街灯と私たちが所持するスマートフォンのライトなんだけれど。

「いいって、見つけらんなくてごめんな」

俺いっつも靴下とか鍵とかなまえから見つけてもらうのにな、と。光太郎はそう言って私の手をぎゅうと、痛いくらいの力で握る。いつもそうだ。力加減ができないわけじゃない、しないのだ。そんなところが、結構好きだった。一緒に暮らし始めて、半同棲状態みたいになってから2年くらい経つだろうか。もう少しで私も彼も大学を卒業する。彼は多分、遠くに行く。私も彼も未来のことを討論する趣味など持ち合わせていないので、これからどうするのかなんてわからないが、終わりが近付いている自覚はあって、でもお互い切り出すことはできなくて。そんな感じなんだ、私たち。だから痛くてもいい。覚えていられれば、それで。夜中だからだろうか、それともホルモンバランスが狂っているからだろうか。夜道をぽつぽつ歩きながら泣きたくなった。私たちどうなるんだろう。考えたって仕方ないのだけれど。

「なぁ、」
「ん?」

私たちの住処はこんな時間なのに煌々と明るく、眩しいと感じるほど。広いエントランス。エレベーターに向かって歩いていると、光太郎が足を止めた。3ヶ月前、私のお気に入りのマグカップを割ってしまった時と同じ顔をしている。

「指輪ってさ」
「うん」
「…これ?」

光太郎は己が羽織っていたランニングウェアのパーカーのポケットから、安っぽいそれを恐る恐る取り出す。あ、と声が出て、恥ずかしくなって、取り敢えずこくんと頷いてみたが彼の顔を見ることはできない。もう何年も一緒にいるが、こんなに恥ずかしいのは初めてかもしれない。

「…これ、」
「いい、言わないで」
「大事なやつってこれ?」
「言わないでってば、」

彼を睨むつもりだったのに、ちらりと顔を見れば耳と頬が赤くて。彼の右手にあるチープなそれとだいたい同じ色だった。透き通った、レッド。ルビーみたいに綺麗じゃないけれど、私はこれが大事なのだ。光太郎に初めてプレゼントしてもらったものだから。

「…なんで光太郎が照れてんの」
「えっ、いや…なんつーか」
「なに、悪い?」
「可愛い」
「は?」
「すげえ嬉しい、どうしよう」
「なんで」
「まだ持ってたんだ」
「悪い?」
「悪くないって、そんな怒んないでよ」

ヘラヘラ、緩んだ表情で彼は私の左手を包んで。あれからそれなりに時間が過ぎたのに、私の心臓はまた騒がしく音を立てるし、溢れた好きがマンションのエントランスにたっぷりと漏れ出している。溢れて止まらないそれに、彼は気付いているのだろうか。アルコールなんて摂取していないのに、ほろ酔い気分なのか彼は、嬉々として私に告げる。

「なんじ、って言うっけ」
「なんじ?」
「うん、ほら、結婚式とか」
「結婚式?」
「なんじ、って言わない?」
「汝、健やかなる時も病める時も…ってやつ?」
「あぁ、うん、それそれ」

来年のなまえの誕生日に、ちゃんとしたの買うから待っててな、と。彼はそう前置きをして、大きく息を吸い込んだ割にはしっかりとボリュームが絞られた声を出した。近所迷惑、という言葉は知っているようだ。

「なまえ」
「ん?」
「汝、俺の隣で幸せになることを誓いますか」

私の返事なんて待たずに「なんてな」と言って鼻の下を掻く光太郎は、くしゃりと笑って。

「探してたのってコレなのね」
「…覚えてるの」
「覚えてるっつーか」

俺も大事にしてるから、と。彼がランニングウェアの内ポケットから取り出したのは小汚いお守りと、そこにぶら下がるお揃いのそれ。

「…その汚いお守りなに」
「…なまえから貰ったやつなんだけど」
「そうだっけ」
「うん、無病息災」
「そんな言葉知ってるんだね」
「無病息災」
「わかったって」
「忘れた?」
「おかげさまで思い出しました」
「ふはは、そりゃよかった」

卒業式の時、まだ付き合ってない時。指輪のお礼って名目でドキドキしながら渡したやつだ。まだ持ってるんだと、嬉しかった。エレベーターを呼び出してするする下降してくるのを待つ。

「誓ってもいい?」
「んー?」
「ふふ、なんでもない」
「それよりさっきのリハーサルだからな、本番まで考えといて」
「うん、考えとく。光太郎も誓いの言葉考えといて」

私の言葉に彼は一瞬きょとんとして、次の瞬間にはスマートフォンのLEDライトも驚くくらいにペカッと笑った。握られた左手は、やっぱり痛かった。

2017/09/20