Waterfall(ウォーターフォール)は地下世界の中でも稀な、光を放つ鉱物が土に含まれる湿地帯だ。薄暗い洞窟の高い天井にキラキラと光る鉱石は、もはや幻と化した「星」を否が応にも感じさせた。本の中で垣間見る地上の風景を空想しては心を慰める、そんな場所ともいえる。 ここはSnowdin(スノーディン)のように賑やかな村こそ存在しないが、やはり水場が多く雪原や溶岩地帯ほど気温も極端でないためか、静かな印象とは裏腹に様々なモンスターが暮らしている。湿った空気のなかにわずかな息遣いを感じながら、スケルトンのサンズはゆっくりと歩いて行った。
実のところウォーターフォールに足を運んだのは、なにか目的があってのことではなかった。たまに天井をじっくり見たいがために望遠鏡を持ち込むことはあったが、今日はそういうわけでもない。誰が置いたのか机にへばり付きクリスタル化したチーズを横目に進むと、ドアのある部屋についた。 待てよ、ドアだって? 切り出してむき出しの土壁に直接、誰かの家か何かのようにドアが嵌め込んである。サンズは首を傾げた。彼の記憶が確かなら、ネズミの巣を超えた先には特別に鉱石の多い場所があったはずなのだ。それこそ流れる地下水に反射して水が光って見えるほどに。
「ふーん……?」
スケルトンは指でコツコツと顎を軽く叩いたあと、上着のポケットにその手を突っ込んで再び歩き出した。ドアノブを捻る。辺りには水の落ちる音が聞こえるだけのせいか、蝶番がギイギイと鳴る音がやけに響いた。すると開くのを待っていたかのように足元を数匹の蜘蛛が入ってゆき、彼らはブーティを履いた誰かの足を登っていった。 華奢な後ろ姿だ。それだけでなく、さらに細長い腕を6本も携えている。優雅に手足を揺らすその少女を見て、サンズは少なからず驚いた。蜘蛛たちの女ボスはもっとずっと暖かい地域に巣食っていたはずだ、とサンズが足を動かした瞬間―――五つの瞳がギョロリと彼を捉えた。
「あらぁ、スケルトン? そういえば雪の街におかしなスケルトンの兄弟がいるって話、聞いたことがあるわぁ」 「そっちこそ、あー、"ホット"なパーラーの噂は聞いてるぜ……」 「アフフフ!」
サンズが冷や汗をかきながらそう言ったのが可笑しかったのか、マフェットは口を手で覆ってクスクスと笑い声を漏らした。蜘蛛のパーラーに招かれたのならすぐにお暇したほうがいい。そんなことはモンスターならば誰でも知っているが、彼女は機嫌を良くしたのか「見学者」の存在を許したようだ。 マフェットが顔を向けた先には、この地下世界をもってしても異様としか言いようのないものがあった。それは蜘蛛の糸で何重にもぐるぐる巻きにされた繭のようだが、明らかに頭と体の形が見て取れる。ミイラ男にしてはずいぶんと小柄で、糸を除けばおそらくサンズよりも背が低かった。
「"この子"のことを一体誰がどうやって連れてきたのかしら〜? それは分からないけれど、でも感謝しなくちゃ」 「子供、か?」 「そうね〜、そうみたい。リムジンと呼ぶには少し長さが足りないわぁ……お気の毒に、ルインズでもう死んでしまう寸前だったの。だからその前に繭を作って、この子の暖かさを閉じ込めた」
マフェットは笑みを崩さないまま糸を一本指で弄ぶと、それを受け取った蜘蛛たちが一斉に繭を解き出した。細い糸はゆっくりとその厚みをなくしていき、やがて「中身」であろう者の姿を明らかにした。てっきり中から現れるのは生き物の形を保った塵が崩れ落ちるだけだと思っていたサンズは、おもわず身を乗り出してそれを見る。 彼ないし彼女はあちこち肌だった部分が崩れ、まったく水分を失って乾いた枯葉や枝のようになっていた。最後の糸が切れた瞬間、子供の崩れた腹からわらわらと無数の蜘蛛が這い出してくる。ハッキリ言ってゾッとする光景だ。空っぽになった奥のほうでキラリと何かが光った。 いつのまにか間近まで来ていたサンズは、しゃがんでそれを覗き込む。ウォーターフォールの星石とは違う鮮やかな赤い光―――体が朽ちてなお形を失わないそれは、紛れもなくソウルだ!
「まさか……!」
その時スケルトンは冷静ではなかったかもしれない。それはまさしく完成を直前にしたパズルの、最後の重要なピースだからだ。七つ。七つあればモンスター達は地下を抜け出して地上に出られる。かのアズゴア・ドリーマーの元には既に六つのソウルが揃っている。サンズは「思わず」としか表せない衝動で手を伸ばして光に触れた。 ぐるんと世界がひっくり返る。 その感覚は限界まで起きていたときの、意識を失う瞬間にそっくりだ。目の前が霞みがかってストロボのように白くなる。驚いたように手を口に当てたマフェットがこちらを見ている。手の中で輝きを絶やさないソウルは、わずかに歪な形をしていた―――。
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