ファミレスのバイトをクビになり、道場と借金騒動を終えたその日、志村新八は万事屋という胡散臭い男に雇われることになった。この坂田銀時という人物に惹かれてついてきたはいいが、仕事場の選択として良かったかどうかは正直微妙なところだ。大家である「スナックお登勢」の店主に挨拶をしたあと、二階にある万事屋へと到着した。
 新八が驚いたのは、銀時が「帰ったぞー」と声をかけながら店に入ったことだ。もしかして他にきちんと従業員がいるのかもしれない、と期待したのもつかの間、ぱたぱたと小さな足音がやってくる。そして新八よりも年下の女の子が、二人を驚いた様子で見て固まった。無理もないことだった。

「えっと、僕は志村新八です」
「………さ、坂田アンリです……」
「ど、どうも」

 朝は一人で出て行った銀時が突然連れてきた少年に、アンリは戸惑っているようだった。とりあえず自己紹介をしようと机を挟んで座ったのだが、彼女は隣に座った銀時に隠れるように身を小さくしている。一応挨拶は返してくれたが人見知りらしかった。
 アンリはまだ十代半ばくらいだろうか。黒髪のショートヘアーで薄藍の着物に臙脂の袴を穿いている。あまり飾り気がないが色白で、凛々とした大きな目のたいへん可愛らしい女の子だ。異性と触れ合う機会がない新八にとっては舞い上がっても仕方がない相手である。横の銀時が「手を出したらぶった斬る」と顔に書いて、執拗に机の下から足を蹴ってきていなければの話だが。なんだこの状況。なんで僕蹴られてんの? 新八は冷や汗をかきながら再び口を開く。

「えーっとォーー……アンリちゃんはその、銀さんの娘さん……ですか?」
「ま、そんなもんだ」

 どうも含みのある言い方である。確かに銀時が仮に30代だったとしても歳が近すぎるような気もするし、第一あまり似ていない。銀時の特徴的なくせ毛の銀髪や赤い目もそうだが、顔立ちに至っては本当にこれっぽっちも似ていなかった。きっと母親が美人なのだ。
 二人の関係がどうであれ、銀時が彼女をものすごく可愛がっているのは文字通り痛いほど分かったし、アンリのほうも彼にとても信頼を寄せているのは見てとれた。銀時はこれ以上くわしく話すつもりはないらしく、彼が話さないならアンリも口を開かないだろう。気になるがもし機会があれば教えてもらえるかもしれない、と新八もそれ以上深くは聞かなかった。

「新八……くん、はいくつ?」
「! じゅ、16才です」
「一つ上だ」
「アンリちゃんは15才かあ」
「あの、ウチってあんまり儲かってないというか、そんなにはたくさんお給料出せないかもしれないんだけど……大丈夫? あ、ご飯くらいなら作るから食べにきてね」
「あ、ありがとう……!」

 やっぱり血は繋がっていないかもしれない。雇用主としては不安がありすぎる銀時の娘とは思えないほど、この歳でかなりしっかりしている。自分も苦労しているほうかもしれないが、この子もそうなのかもしれない。久しぶりに人の親切に触れた気がして新八が笑顔になると、アンリもぎこちなくはあるが微笑み返してくれた。
 彼女に毎日会えるなら給料が少々安くても構わないかもしれない。ヘラヘラと笑いながらそう喜びに浸る思春期の青少年の向こう脛を狙い、机の下から飛んできた長い足が現実へ引き戻すようにげしっと蹴りつける。重い一発だった。

(こ、この野郎……!)

 痛みのあまり眼鏡の奥から睨みつけてくる新八を、銀時は鼻をほじりながら知らないフリをしてやり過ごしたのだった。





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