むかしむかし、とても寒い国に、人間と恋をした雪女がいました。雪女は山を出て、人間の男と小さな家で幸せに暮らしていました。
 けれど雪女は、人間の前に姿を現してはいけない決まりがありました。怒った山の神さまは、雪女にこう言いました。

「その人間を氷づけにしてしまえば、おまえは人間と永遠に結ばれることができる。ただし、そのまま山に帰らないで一緒に居るなら、おまえをただの雪になってしまうぞ」

 雪女は雪でできているので、手をつなぐと人間は凍ってしまいます。しかし、愛する彼を氷づけにすることなどできません。雪女はしくしく泣きながら、山へ帰っていきました。
 男はとつぜんいなくなった雪女を探しに山へいきました。雪の中必死に探しましたが、雪女を見つけることができません。吹雪はどんどん強くなっていきます。雪女は、雪のなか凍えてしまいそうになった男を助けてしまいました。
 男は雪女を見つけてよろこびました。しかし、決まりを破ってしまった雪女は、自分の目から涙が一しずく落ちるのを感じながら、男の腕のなかで―――


「雪になってしまいましたとさ〜……おしまい」

 パタン、絵本が閉じられる。
 小さなランプ一つの灯りだけに照らされた子供部屋で、少女は布団の中で兄の絵本を読む声に耳を傾けていた。
 魔界にもはるか昔から伝わっている童話はある。だがその殆どは冒険譚や戦記を占めていて、小さな子供向けには分かりやすい人間界の昔話が人気だった。王子や姫が困難に立ち向かう楽しい話、おかしな教訓的な寓話、それからしんみりと悲しい話。
 今日は末娘のヒトミがせがんだ話だった。だがこれはその中でも恐らくかなり悲しいほうの話で、少女は大きな目になみなみと涙をためていた。

「ゆきおんな、しんじゃったの……?」
「雪になったっつーくらいだから死んだんじゃね……?あ〜泣くな泣くなッ!だからこれ辛気クセーから止めろっつったんだよ」
「だって、ゆきおんな……おとこのひと助けたのに……」

 末妹のヒトミは母によく似ている。そのために泣きだすとその大きな目玉から光線を出す癖がある。この絵本を所望されたときタロウが渋ったのは、読み終えた時こうしてヒトミが泣きだすのではと薄々感じていたからだ。
 案の定すすり泣きはじめている妹にため息をつき、座った格好のまま自分の机のペン立てを漁る。マジックと一緒にボールペンやら定規やらがバラまかれたが、拾うのは明日の自分にまかせることにした。

「いいかヒトミ、これは決まりを守らねーとこうなるぞっていう大人のすり込みだ」
「?」
「こんなもん作り話なんだよ、だから〜……こうだ!」

 タロウは黒いマジックで、最後のページに大きくバッテンを書いた。本に落書きをするという行為自体に驚いたのか、ヒトミは呆然として兄の行動を見ている。
 そして文字や絵がほとんど見えなくなったあと、今度は決して綺麗とは言えない字で何かを書き入れはじめた。タロウの角の生えた頭で見えないので、妹は大人しくそれを待機した。

「うっし、え〜〜そのとき!男は怒りによって覚醒し、山の神への復讐を誓った……そして武術の仙人に修行を」
「それってながい?」
「いきなり飽きてんじゃねーよ!……で、まあ最後は男は山の神を倒して雪女を人間に生まれ変わらせるってわけだ。二人は幸せに暮らしましたとさ〜〜どうよ、お兄さま版雪女は」
「ねむい」
「チッ、これだからお子様は……」

 マジックを放ってその手でランプを消す。インクの匂いがするその絵本を閉じれば、ヒトミは枕に顔を埋めて眠そうにした。人間の作る物語はどうしてこう悲しい話が多いのか、タロウにはちっとも理解できない。全部めでたしめでたしで良いではないか。
 センスねえな、と小さく笑って自身も布団に入る。途中、さっき転がした定規を踏んで激痛に叫びそうになるが、かけ布団に飛び込んで必死に息を殺した。

 その後、その絵本はどうしてか小さな妹のお気に入りになっていたのだった。
 

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