「俺に拳で勝てるやつなんていねえよ」

 そう豪語していたその男は、人相の悪い顔に派手な傷をこさえている上、自分の強さを誇示するようないかにもなヘアスタイルをしていた。私はその、あまり頭が良さそうとは言えない風貌を嫌ってはいなかったけれど、友人たちは一同に声を揃えて「止めたほうがいい」と忠告をしてきた。
 そんな自信の塊のような男が。
 久々の登場で全身ボロボロに打ちのめされていたのだから、私が会って早々に吹き出したことは、誰にも非難される謂れはないはずだ。

「……ッ、……〜〜〜っく……」
「……笑うなら笑えよ」
「あはははははははは!」
「笑ってんじゃねー!!」

 ダン、と力任せにローテーブルを叩けば部屋が揺れる。人間とは思えない怪力の持ち主が、一体どんな相手にこれほどしてやられたのだろうか。
 人を常に見下していたような目も、些か強気さが薄れている気がした。なるほど、鼻っ柱を折られて少しは成長しているのだろうか。齢二十何歳で性格が矯正されるほどのインパクトとは、ご苦労様としか言いようがない。

「何してそこまでボコボコにされたの?バイクで街中引きずり回されたとかあ〜?」
「ケッ、どーせ言っても信じやしねえよ」
「言ってみないと分かんないじゃないの。ホラホラ誇山さん、どーぞどーぞ」

 コンビニで購入した安酒だって、グラスに注げば立派な話の潤滑油だ。何の仕事をしているかはしらないが、あまり羽振りがいいイメージはないから舌だって肥えてはいないだろう。生活レベルの合致は重要だ。
 イラつきごと飲み干すように、誇山は一気に酒を呷る。まあ、こんな全身包帯だらけでは不便も多いことだろう。それでも割とピンピンしているように見えるのだから、丈夫な男である。

「……中学生だったんだよ」
「ん?」
「中学生だぜ、中学生!それが俺よりも断然強いなんざやってらんねーぜ……まあ、お前に話したところで」
「“信じねーよ”って?」
「そーだよ」
「ふうん、中学生ねえ〜」

 もしかして、この適当な口調が災いしているのだろうか。期待もしていないとばかりにまたグラスを傾ける誇山に、私は一度も「あなたの話を信じていない」なんて言った覚えはない。
 何となくブツブツと愚痴をこぼす男の筋肉質な背中をバシッと叩けば、すぐに頭にきてこちらを見る。分かりやすい男だ。

「あのね」
「ンだよッ」
「あんたが超能力者だってことくらい、最初っから知ってるわよ」
「…………は?」
「去年の9月、路地裏、あんたは自分よりだいぶデカい男相手にやり合ってた。そんでありえないことに一撃でブッ飛ばしてたわ。30mくらい飛んでたかもね」

 目を丸くする顔に、肩を竦めて缶チューハイに口をつける。私もアルコールが回って口が滑るようになってしまったのだろうか。最初から別段、隠しているつもりなどなかったのだが。
 夏と秋の境目、妙な季節だ。温い風はカーテンを揺らすのに、ちっとも部屋は涼しくならない。

「それにシビれちゃって、私はその大通りであんたをナンパしたのよ、誇山サン」
「……………フゥ〜ン」
「誇山サン、それもう空」
「う、うるせー!!」

 それで、お返事は?
 と、さらなる追撃を重ねようとしたが、赤い顔を隠すためにテーブルに額をつけて突っ伏す姿は心くすぐるものがあったので、止めておいてあげた。
 ほんと、シンプルで可愛い人。





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