シカマルと付き合っているのだと皆に知られた時は、それはそれは驚かれたものである。昔から広く浅く付き合いをするタイプだったので、晴れて下忍になってからは他の面子とはあまり会うことがなくなった。アカデミーでは一番親しかったと思っているヒナタとは時折お茶をしたりもしたが、聡い彼女にも悟られてはいなかったらしい。
 だから中忍試験の一次試験会場でぽろりとその事実を口にしたとき、ヒナタは彼女らしからぬ大声で「ええええっ!?」と盛大に周囲の注目を集めた。顔を真っ赤にしてぱっと手で口元を押さえるが時既に遅し、何だ何だと同期連中が集まってきている。

「何よーヒナタ!大声出しちゃって、ネズミでもいたのー?」
「えっ!ち、違うの、なんでもないの、ごめんなさい………!」
「何でもってことはないでしょ」
「ヒナタってばあんな大声出たんだな」
「ビビったぜ……」

 いのやサクラも喧嘩していた手を止め、キバやナルトも驚いてすっかりヒナタとその横にいる私に視線を向けている。私は肩を竦めて何も言わない。複数人に注目されることに慣れないヒナタは驚きやら恥ずかしさやらでパニックになってしまい、ほとんど泣きだしそうな震え声で両手を大きく振った。

「違うの、なんでも、ただシカマルくんとアンリちゃんがお付き合いしてるって初めて知って驚いちゃってそれで………ッ!」
「ん?」
「え?」
「はあ?」
「……はああッ!?」

 一から十まで親切丁寧に解説されてしまった。周りの顔見知り達の目が点になり、横で苦笑いしている私と、いの達の後ろで面倒そうに首裏に手をやっているシカマルとを交互に勢いよく見比べている。仕方がないので私達は一度目を合わせてから、観念するかのように同時に是と頷いた。
 と、ここで絶叫が轟く。
 特に女子二人の叫び声は凄まじく、他の里の忍達が一斉に殺気を飛ばしてくるが、ガールズトーク特有の異様な熱気で全く意に介していない。今にも掴みかからん勢いだ。私はこれ以上騒ぎが大きくなる前に両手の平を見せ、制止するようにぴたりとかざした。

「付き合ってるよ。それ以外のことは後で全部答えるから、とりあえず静かにね……」
「わッ……かったわよ」
「あとで絶っ対よ!」

 顔を赤くして慌てふためきでもすれば格好の餌食となっていたのだろうが、極めて落ち着いた声で制すとと火が消えるようにざわめきが引いた。まあ別に隠し立てしていたわけではない。ただ別に言いふらすことでもないから黙っていただけだ。シカマルの方も平素とさほど変わらない顔色で、後で問い詰めてくるであろう女子二人に「めんどくせー」とでも思っているのだろう。
 自分の失態に呆然としているヒナタの背中を気にするなと軽く叩いたあと、何事もなかったように班員と合流して席を探す。やがて森乃イビキ教官の恐ろしい怒号と共に、下忍たちは散り散りになっていった。いよいよ中忍試験が始まる。


▲▼


 予選が終わった。
 ツーマンセルを組んでいる班員と予選で当たり、最後の最後で相討ちとなった。お互いの戦い方を熟知しているだけあって非常にやりにくかったが、それ故に己の弱点がよく見えた試合だった。あれほど全力で同メンバーと戦うことも今後あるまい。相手はチャクラのメスを使ってきたので経略系をやや損傷し、私は一泊の入院を言い渡されていた。
 木の葉病院の白い天井をぼんやりと見ていた視線を、そのまま横にずらす。ベッドには片側に皺が寄っていて、後頭部で縛られた硬い黒髪が白いシーツに埋まっている。切れ長の目は閉じられ、すうすうと、拍子抜けしてしまうくらい子供っぽい寝息を立てていた。

「(髪の毛そのまま……)」

 苦しくないのだろうか、と体を横たえたまま手を伸ばして髪紐を指に引っかける。しっかりと結ってあるので尖った爪で解こうと無心になっていたら、揺らしてしまったせいか不意にシカマルの眉間がピクリと動いた。
 あ、起きる。
 寝ぼけ眼で眺めていると、開いた瞼から同じく寝ぼけた瞳と目が合った。小さく「おはよ」と呟くと「はよ……」なんてますます寝起きの掠れた声で言われたので笑ってしまった。おはよう、とは言っても時刻はもう昼前だ。もしかして朝早く来てくれてそのまま眠ってしまったのだろうか。

「何で紐取ってんの」
「寝にくいかと思って」
「起こせよそこは。見舞いにきてぐーすか寝てるオレが言えたこっちゃねーけど……」

 シカマルが上体を起こすと紐がほどけて黒髪が肩に落ちた。大きな欠伸をしながら首裏を撫でている仕草を見ていると、まるでただのオフの日のようで、ああ終わったんだなという実感が湧く。もっとも当人はまだ大事な本戦が控えているのだが、全く緊張を感じさせない。まあそこはシカマルがシカマルたる所以というべきだろう。
 体はもうすっかり軽くなっていたから私も起きようかと動く前に、両手がぬっと伸びてきて顔の両脇に置かれた。覆われて光が遮られる。彼の髪が落ちてきて耳たぶをくすぐる。あまり陰影がないせいで目つきの鋭さばかりが目立つが、輪郭の正しい、私の好きな顔だった。薄い唇がほんの少し弧を描く。まだ少し眠たそうな声。

「まだ寝てろ」
「せっかくシカマルが……」
「いーんだよ、今日はお前が退院するまでいるつもりだし……おー、顔色良くなったな、よしよし」
「ん、」

 堅い指先が目の下や頬に滑っていくのを大人しく受け入れる。掌全体を頬に当てて撫でてくれるその手に甘えてキスをすると、鋭い目がクッと細くなってそのまま唇を奪われた。怪我人というほどでもないのに過保護だと思わなくもないが、試合の時どれだけ心配させていたかは分かっていたし、何より私も甘やかされて浮かれていた。
 今の時間は病院中が昼休憩や病人食の準備に追われているのだろう。遠くから看護師らの声が聞こえるが、ナースコールを押さない限りこの部屋は誰の目にも届かない。それを熟知しているから、お互いの家でしかやらないような大胆な行動をとっているに違いない。シカマルはそういう男だ。

「そういえば、バレちゃったね」
「んあ?あーあー、隠してたわけじゃねーからな。構わねえよ、べつに」
「内緒なのもちょっとドキドキして好きだったよ、わたし」
「………お前今のわざと?」
「うん、ときめいた?」
「かなり」

 赤くなった耳とピアスをくすぐると抱えこまれてまた口をふさがれた。満更でもない顔。
 きっと彼らには青天の霹靂だったことだろう。驚かれたのも無理はない。アカデミーでも教室で大っぴらに話したことはなかったし、共通の友人が居なかったせいもあるかもしれない。私達の邂逅はいつも人気がなく、ひっそりと静かなもので、他人が介入したことは一度もなかった。
 髪を下して笑うと、いつもより柔らかく目尻が下がる。彼の優しい視線を一体誰が知っているだろうか。そっと愛撫する指先や甘い声を、一体誰が。普段の彼と違うところを見つけるたびに、奇妙な優越感で胸が熱くなる。恋を敬遠していた人ほどハマると燃え上がるものなのかもしれない。シカマルははっきり言って恋人に甘いから。

 ポーン、と時計が正午を指す。

「もうお昼来るんじゃない」
「いや、もうちょいかかるぜ。この病室遠いからな」

 そう言ってニヤリと笑うシカマルは、きっと看護師が食器を乗せたトレイを運んでくるまでには髪を結い終わり、いつものようにかったるそうに丸イスに座って壁に背を預けているのだろう。誰にも分からないように、一切を払拭して。
 そういう男なのだ、彼は。



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