腹がムカムカする。
 あのククリがタダで装備を貸してきたので不気味だとは思っていたが、なんと貸出料として有り金の半分寄越せと言ってきたのだ。つくづく金にがめつい奴である。冗談じゃないと突っ返しても良かったが、法呪で編まれたというこの「ドラゴンマフラー」は驚いたことに魔法・ブレス系攻撃を半減してくれるというかなり貴重なアイテムらしい。誰がどんな攻撃をしてくるか分からない状況ではかなり心強い。
 しかしどう見ても皮革でなく布だというのに何がドラゴンだ、恐らく奴が箔をつけるために適当に名付けたに決まっているのだ。地団太を踏みたい気分で木々を飛び移り、地面に走るモンスターたちの上を渡っていく。

(モンスター達がずいぶん騒いでるな。まあ、あんな雄叫び聴かされたら震えもするか……)

 私だってできれば行きたくない。
 溜息をついて軽くなった懐を漁る。ただ搾取されてなるものかと去り際にククリの奴から適当に掠めてきたアイテムを確認すると、傷を治す薬草と体の痺れを治すという満月草だった。悲しいことに金はない。しかしこの微妙な結果を見るとスッたことすらバレていそうである。
 煙が立っていた場所のすぐ近くまで辿り着くと、周囲に熱がこもっていた。この辺らしい。少し離れた場所まで忍び足で近づき暗闇に注意深く見ると、驚くべき光景を目にした。

(あれ、さっきのガキか?!)

 小さな背にツンツンと癖の強そうな黒髪、頬には特徴的なバッテン傷。構えているナイフは宝玉のついた中々に上等そうな物だが、その正面で仁王立ちをしている巨大なリザードマン相手では小刀もいいところである。指の先すら傷つけられるかどうか分からない。魔の森を彷徨っている時点で馬鹿だとは思っていたが、まさか魔王軍の獣王相手に立ち向かうほど命知らずの大馬鹿野郎とは思わなかった。
 しかしあの子供は確か二人組で旅をしていたのではなかっただろうか。あの間抜けな顔で寝入っていた方は既に殺されたのか?それとも上手く逃げたのか?少なくとも間もなくあの子供も殺されるだろうし、さっさと退散するが吉だろう。
 そう決めて足を動かそうとした直後、リザードマンがとんでもない攻撃を繰り出した。息を大きく吸い込んだあと、口から焼け付く高熱のブレスを吐いたのである!

「ぐうう!!」
「げっ」

 小さな子供の体では一たまりもなく、踏んばったものの枝葉と共にこっちに吹っ飛ばされてくるではないか。慌てて避けようと思ったが、ブレスの効果なのか体がやや麻痺してしまい俊敏に動くことができなかった。高い金払ったのにクソ役に立たない装備め!
 抵抗もむなしく回避不可能と悟り、少しでも自分のダメージを軽減するために両手を広げて子供を腹で受け止める。草木が焼け野原となった森に二人して転がり、太い幹に軽く背中をぶつけることでそれ以上離れることなく留まった。個人的にはそのまま遠くに行ってしまいたかったが、現実はそう上手くは運ばない。

「ムッ、仲間が合流したか?」
「……えっ?」
「…………」

 リザードマンの鋭い目線に晒され、思わず隠しもせずに舌打ちをする。確かに今の行動は仲間だと思われてもおかしくない。かなり手痛い失策だ。今それを否定して魔王軍と盗賊団の契約を持ち出して主張しても、私のような木っ端ではあのモンスターについでに殺されてしまうに違いなかった。
 受け止められて私の顔を不思議そうに見上げてくる子供が何かまずいことを口走る前に懐の満月草を放り込み、後ろから腕を回して無理やり口を閉じさせる。

「それを噛め。じき痺れが取れる」

 リザードマンには聞こえない小さな声で囁き、ゴーグルの奥で目の前の巨漢と周囲の木々を観察する。この図体では恐らくそれほどスピード特化ではないだろうし、障害物の多いこの森でそれほど大きな動きはできまい。となれば子供が動けるようになるまで逃げ回り、尚且つ先ほどのように立ち向かってもらい、私はさっさととんずらするのが得策である。少年よ、君の尊い犠牲は忘れない。
 自身も満月草を奥歯で噛みしめると、独特の味が広がってやや眉を寄せる。しかし体は大分マシになってくれた。

「雑魚がいくら集まろうと同じ事!一気に蹴散らしてくれる!」
「き、キミは……っ」

 同じく少し体が動くようになったらしい少年が問いかけようとしてくるが、シッと指を立てて静かにしろというジェスチャーを送る。幸い今はゴーグルにマフラーで顔はかなり隠れているはずだ。少年に盗賊とバレるのはまだいいとして、このリザードマンに顔や声を覚えられる前にさっさと逃げてしまいたい。
 宣言通り真上に振りかぶられた巨大な斧。当たったら即死しそうな代物だが、予想通り避けられない速度ではない。子供を抱えたまま地面を蹴って飛び退くと、怪物の顔が怒りに歪んだ。突然割りいってきた邪魔者に狩場を荒らされてご立腹という感じだ。さて、と様子を見ながら少し離れて息を整えていると、なにか眩しいものが腕で弾けた。

「!?」
「!……動く!体が動くぞ!」

 キアリクの魔法か!
 飛んできた方向を振り返ると、桃色の髪をした少女が銃らしきものを構えていた。その横では首飾りを盗ったあの少年も驚愕した表情で佇んでいる。なんだ、死んだんじゃなかったのか。
 子供は完全に回復したのか、腕から抜け出して一気に走り出す。続く外野からの予想だにしなかった介入に動揺したリザードマン目掛けて一気に仕掛けるつもりらしい。飛び上った勢いで全体重をかけた少年の一太刀は、怪物の左目に見事浴びせられた。うわ、やりやがった!

「グウウウッ……よくもオレの顔に、いや!オレの誇りに傷をつけてくれたな!覚えていろよダイ!おまえはオレの手で必ず殺す……!必ずだ!!」

 それって私は含まれてないよな。
 傷をつけた子供だけに意識がいっていますようにと祈りながら、ゾッとして青ざめた3人から後ろに下がっておく。闘気を掌に集め叩きつけた衝撃で、凄まじい爆音と砂煙と共に地面に大穴が開いた。リザードマンは一時退散することにしたようだ。それを合図にへたり込んだダイと呼ばれた少年が、そういえばとばかりにこちらを振り返る。

「あの、さっきはどうもありがとう!」

 小さな頭がペコリと下げられる。
 このチビがあの魔物達を束ねる巨大なリザードマンに太刀打ちできていたというのが、目の当たりにした今でも信じられなかった。3人に注視され退散し損ねたことに気付いたが、時既に遅し。
 正直助けたつもりは全くなかったので、感謝などされては調子が狂う。それに顔を隠しているとはいえどこいつは私が荷物を盗った張本人だということ全く気付いていない様子で、それがあまりにも馬鹿みたいに無邪気なので、逆に腹が立ってきたくらいだ。恐怖でどこかへ消えたはずのムカムカが腹に戻ってくる。

「…………」

 好意的な視線を向けてくる少年たちに返事をしないまま一歩後ろに下がり、指先ですっと明けはじめた太陽を指差した。ククリは既に眠りについただろうか。示された太陽に一瞬目を奪われた3人を見ながら、一気に加速して木の上に移る。少年達は忽然と消えてしまった少女の姿にあっと驚きの声を上げた。
 そして結局のところ盗賊は、少年達が諦めてネイル村に方向転換するまで、長い間木の上で待機せざるを得なかったのである。









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