※名前変換なし





 ロモス近郊、魔の森。
 鬱蒼と茂る木々の間を縫うように、一つの影が疾駆する。その素早く無駄がないことといったら、野生のモンスターすら気づかないほどだ。微かに揺れた枝葉を不思議そうに見たライオンヘッドの上を、影は軽やかにすり抜けて行った。
 森のさらに奥深くで、少年二人が毛布に身を包んで眠っている。マァムという少女とポップが衝突したことで宿を失った二人は、相変わらずロモス王国への道が開けぬままに何度目かの野宿をすることとなったのだ。まだ暖かい季節だからか、それとも徘徊した疲れからか、二人は深い眠りに落ちていた。

 傍に降り立った影は笑う。

「鴨撃ちだぜ、こりゃ」

 どこから魔物が襲ってくるか分からない森で仲良く夢の中とは、まったく不用心極まりない。旅慣れしていないのは明白だ。今までは運よく無事だったのかもしれないが、その幸運も今尽きたらしい。暗闇で金色の目を光らせた盗賊は、早速傍にある荷物を漁りはじめた。
 しかし、予想通り彼らの所持品は少々のG(ゴールド)と薬草や毒消し草がいくつか、という質素なものだった。いかにも駆け出しの冒険者という感じだ。盗賊は内心舌打ちをしつつ、呑気に寝こけている二人に目をやった。次は身に着けているものだ。まず手前の背の高い少年の懐を漁る。すると旅人の服の下には、あまり見かけない石のついた首飾りが大事にしまわれていた。

「(お、宝石?……ってワケでもないな。魔法石の類っぽいし、お守りみたいなもんか)」

 月明かりにキラリと光るその首飾りに、盗賊は暫し目を奪われた。こんな子供が持つ物にしては上等そうなものだ。気になるが鑑定は後にして他も漁るが、めぼしいものはこれくらいだった。盗賊は期待を込めてもう一人の少年にそっと近づく。無論ながら物音は一切立てていなかった。
 が、少年が不意に目を開く。
 一瞬驚いて対応できなかったらしい少年から盗賊はサッと後退し、荷物を全て腕に引っかける。盗賊の目的に気付いたのか頬に傷のある少年―――ダイは怒ったように眉を吊り上げて毛布を蹴っ飛ばした。

「チッ、起きやがったか!まあいい、コイツは上等そうだし」
「かえせ!おれ達の荷物だぞっ!!」
「返してほしけりゃ捕まえてみな」

 盗賊は荷物を抱えるとニヤリと歯を見せて笑い、飛びかかってくる少年をひらりとかわした。必死の表情のダイに比べて盗賊は余裕の表情を崩さず、手にしている鋭いカギ爪をぷらぷらと遊ばせ、自分に一向に追い付けない少年をからかっている風にすら見えた。ダイは暗さに目が慣れてきたのか動きはよくなってきているが、それでも掠りさえしない。
 完全に翻弄されてヘロヘロになったダイは、太い枝に器用に立っている盗賊を見上げて睨みつける。

「くそお、なんて素早いやつなんだ!」
「なんだよダイ、うるせえなあ……」
「ポップ!」

 と、その時、未だに寝こけていたもう一人の少年も目を擦りながら毛布から這い出てきた。ダイは反射的に起きたポップを振り返ったが、目敏い盗賊はその隙を見逃さない。盗賊は瞬く間に枝を蹴って隣の樹木に飛び移る。ダイがハッとしたときには、もはやその背中すらも、いや影すらも見えなくなってしまった。
 まんまと根こそぎ持ち去られてしまった荷物たちに、ダイは怒った顔から悲しい顔になり、今度こそがっくりと肩を落とした。まだロモスにすら到着していないのにまとめて全部盗られてしまうだなんて、この旅は前途多難だ。落ち込んでいるダイを尻目に、ポップが「あっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
 
「な、ないっ!あ、あ、あ、"アバンのしるし"が無いっ!」
「えええっ!?」

 ポップは毛布をひっくり返して探したが、寝る間も肌身離さず付けていたはずなのに見つからない。すると先程の賊にとられたに違いなかった。不幸中の幸いかダイのアバンのしるしはちゃんと胸元にあったが、二人は真夜中の森の中真っ青になって頭を抱える。
 森には高笑いが響いていた。



▲▼



「おいおい、カギ爪!今日のアガリはたったこんだけかよ?」
「うるっせェなあ、ここいらの森は危険だからって村の連中も入ってきやしねェんだよ!今日だって駆け出し冒険者丸出しのガキ二人くらいしか居なかったぜ」
「……ま、確かに。魔王軍が張ってるって森に入ってくる方が正気じゃねえ。頭領もいつまでここに留まるつもりなんだかな」

 切株の上に広げられた皮袋やら薬草やらを摘まみ上げて、ククリ刀を腰に差した男が溜息をつく。重さからして袋に入っている金もたかが知れているし、魔の森が稼ぎどころというのも過去の話になりつつある。モンスターも多ければまだ未開の洞窟も多く、冒険者も割と多く入るこの森は、彼ら盗賊にとっても「カモ」が多い場所であったのだ。
 ところが魔王軍なんて仰々しい集団がここ魔の森にも拠点を置いたものだから、訪れる人間も格段に減ってしまい、盗賊団は商売あがったりだ。さすがに奴らと敵対するのは厄介なので頭領は表面上「手を組む」ということに同意してしまったのだが、相手が相手だ。団員全員理解はできても納得はできていないのが本当のところだ。

「んじゃ、とりあえず私は休むぜ。交代になったら呼んでくれ」
「おう」

 しかし、頭領命令は絶対だ。
 停めていた馬車に戻ったカギ爪の盗賊はペロっと舌を出して笑う。そして胸元に隠した首飾りを微かに入ってくる月明かりに再び照らし、その不思議な輝きにうっとりと見入っていた。気に入った盗品をアガリとして提出せずに自分の懐へ、というのはそんなに珍しいことではない。よっぽど高価なものでなければ露見しても責められることでもなかった。
 首飾りはシンプルな造りでチェーンも普通の金属製だったが、やはり卵型に磨かれた石が美しい。乳白色の石には角度を変えると虹のようにちらちらと揺らめく神秘的な輝きがある。オパールに近いが、それよりも透き通って洗練されている。冒険者が持っていたのだから何かのアイテムだろうか、やはり魔力が籠っているのを感じた。

「しっかし子供二人で魔の森とはね。案外、魔王を倒しに来た勇者サマだったりして……」

 馬車でくつろぎながら笑ってしまう。
 本拠地となるこの馬車には基本2、3人が待機し、他の団員は各地に散らばり宝を集めてくる。そして10日に一回本拠地に戻り、成果を報告し合う。それが彼らの仕事だった。
 外で見張りをしている男は、全身の肌を見せない恰好で、一部の隙もないマスクをしている。夜にちらりと見られる肌は肌色だったから人間かそれに近い種族なのだろうが、彼は日を浴びると肌が爛れる体質を抱えているらしい。昼間に無防備に外に出れば一目と見れない姿になるという。
 あれだけではない。親に見放され世間に見放され、もはや陽の下では生きられない爪弾き者。その掃き溜め共が頭領に拾われ、煮詰まった魔女の鍋がここだ。
 盗賊団「ガロ」。
 その最も焦げ付いた暗い鍋底で、尖った耳を持つ魔族の少女が悠々と寝転んだ。その時だった。


 ―――ウォオオオオオン……!!!


「うげえっ!!」
「何だ!?」

 少女は馬車の中で跳ね起きる。馬車のカーテンから慌てて顔を出すとククリ刀の男も動揺して立ち上がっていた。轟いたすさまじい咆哮で地面が揺れているとは、一体どんな化物だ。

「こりゃ魔王軍のリザードマンか?」
「見ろよ!あそこだ、煙が上がってる。誰かが呪文を使ったんだ。あんな怪物相手にやり合ってる馬鹿がいんの?」
「カギ爪、お前見てこい」
「ヤだよ!なんで私が……」
「懐にネコババしたもんのことは頭領に黙っててやる」
「あっククリてめえ!」

 自分の役目は終わったとばかりに馬車に引っ込むククリ刀の男に幼稚な罵詈雑言を浴びせるが、実質盗賊団の一番下っ端である少女は、ネコババがバレていたという気負いもあって渋々といった様子で装備を整える。しかしリザードマンと遭遇した時のことを考えたら、鉄のカギ爪にこの軽装だけではやや心許ない。
 すると馬車で寝転んでいた男が、首に巻いていた長いマフラーを投げて寄越した。古参の団員の中には彼の体質を奇病と思い触るのも嫌う者も存在するが、魔族ということもあってか病気などしたこともない少女は気にせずにそれを受け取る。いや、がめつい彼が装備を寄越したことが気色悪いとは思ったが、しかし貰えるものは貰っておかねばなるまい。
 

「ま、適当に偵察してこい」
「しゃーねえなァ……」

 さっさと見て帰ってくるか。
 少女はさっそく首に巻いたマフラーを口元まで引き上げ、下げていたゴーグルもしっかり顔に装着すると、すぐさま風のように森を抜けていく。その道は決して戻れない、望まぬ冒険への入り口とは知らずに―――。


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