秘密は親密を生むものだ。
 背の高い男の耳元に、わざわざ何を話したいのかその少女は背伸びをして唇を近づける。何事かと膝を屈ませた黒いフードを引っ張って、決して人に聞かれないように小さな声で話をする。一言、二言を交わして、少し離れて面白そうにくすくすとやはり声を潜めて笑った。
 同じ部屋で新聞を広げていたプロシュートは気にしていない振りをしながら流石に気になるのか、終わって近づいてきた少女の顎下をくすぐる。リゾットは既に部屋を出ており、こちらは人を憚る必要もない。

「何の話だ?」
「んん、内緒の話」

 何だよ、とつまらなさそうにする男が可笑しかったのか少女がにんまりと笑う。頬を指で軽く抓っても笑うだけで口を割ろうとしないので、どうせ大した話ではないのだろうとばかりにプロシュートは鼻で笑う。可愛らしいはねっ返りのバンビーナの秘密など、取るに足ることではないとばかりに。
 さて、仕事の時間だ。





 一件の仕事を終えて途中アジトに寄ったスーツの男は、今日は部下を同伴していない。理由は一人でないと実行できない作戦だったからという単純なものだ。イタリアの太陽はちょうど真上からすぐ斜め、昼食の時間だ。何を食べるかとぼんやり考えていたら、本日二回目となるそれを目撃することとなった。

「…………」

 ちょうど任務に赴こうとしていたギアッチョの袖を引き、少女が廊下の隅に引っ張ってまたこそこそと喋っている。はじめはプロシュートにも聞こえるほどの声量でぎゃあぎゃあと文句を言っていたギアッチョが、耳打ちされた内容に大人しくなって神妙な顔をする。
 それから隣の部屋にやってきた少女の顔は至っていつもどおりで、それがプロシュートをイラつかせた。

「……何コソコソしてんだよ」
「内緒の話」

 まただ。
 これで「何でもないよ」と誤魔化そうとすれば、何でもないことねえだろと問い詰めやすいというのに、こうもきっぱりと「内緒の話」―――つまり自分には話す気がないのだと言われてしまえば追求が難しい。
 加えて自分が「良い男」だと思っているプロシュートにとって、仲間はずれを糾弾するようにみっともなく嫉妬心をむき出しにすることなどできず、おかえりと微笑む少女のハグを大人しく受ける他なかった。




 もはや見逃せなかった。
 プロシュートが一日のイライラをアルコールで発散しようとワインを取りに行ったキッチンで、あろうことかメローネと隠れて話をしていた現場に出くわしてしまった。メローネが妙に慌てて彼の脇を通り過ぎていく。へらへらと笑う横っ面を張り倒したくもあったが、順番がある。
 何を考えているのか読めない顔で見上げてくる少女を、後ろの冷蔵庫に手をついて追い詰める。自分は大人だからと普段は余裕ぶっているくせに、プロシュートは彼が思っているよりも気が短い。

「また内緒の話か?」
「そうだよ」
「おいおいお嬢ちゃん。俺ァ聞き分けのねえブロンド女でもねえが、ダーティー・ハリーの一晩のお相手ほど秘密に寛容じゃあねえぜ。何のつもりだ?ン?」

 美しい顔立ちは影になり、高い鼻の奥にある碧眼は危険に光っている。額に青筋を立てて明らかに怒っている表情に、少女はさすがに少し怯んだようだった。しかし彼女には彼女なりの主張があるのか、一方的に怒られるつもりはないらしい。遊ばせていた指先を下して、つんと桜色の唇を尖らせてそっぽを向く。

「プロシュートが言ったのよ、"大人の駆け引きができたらな"って!」

 少々涙声で言われた言葉に、プロシュートは年下の恋人をぽかんと見下ろす。まだ付き合いはじめてそれほど経たない二人は、何だかんだとまだ唇を合わせたキスもしたことがない。それはプロシュートが意外にも奥手だとかそういうことではなく、単純にイチから仕込んでやりたいという大人の欲望のせいだった。
 泣きそうになりながら大きな瞳を一生懸命こちらに向けて、譲る気はなさそうな少女にクラリとくる。雰囲気を一気に緩ませた金髪男は、潤んだ目元にちゅっと音を立ててキスをした。

「じゃ、何の話してたんだよ」
「だから、内緒の話……秘密を話してるわけじゃあなくって、"内緒の話してて"って喋ってただけ」

 本当に中身は無かったらしい。
 内容が気になってもやもやと胸に堪っていた不満は、それを聞いて綺麗に消え去る。同時にそんなことに付き合った暇な同僚共と、恋人を放っておいて他の男の耳元で声を囁かせたことに対しての苛立ちも湧き上がったが、今度こそ「大人」の態度でそれをねじ伏せて、やり返すように少女の桃色の耳に唇を近づける。

「"内緒の話"してくれよ、俺とも」

 とびきり低くセクシーに囁かれた途端、少女の潤んだ瞳はうっとりと蕩けてしまう。どきどきと期待に高鳴った胸を隠そうともせず、白く柔らかな両腕を男の首に回す。返事の代わりのハグはマグノリアの香りがした。
 



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