二日酔いで頭が痛かった。
 適当に引っかけたのかそれとも全部脱いでからまた着たのか、下着にシャツ一枚の恥も外聞もない恰好でベッドから這い出ると、ぼさぼさになった髪の毛が頬を軽く叩いた。窓から差し込む爽やかな日差しは忌々しいものでしかなく、乱暴にカーテンを引いて軽く欠伸をする。
 床に転がっている酒瓶とグラスを踏まないようにフローリングにそっと爪先をつけて、今度は溜息をついた。白い壁の軽い染みをぼんやりと眺めたあと、緩慢にリビングの扉を開ければ、ようやく怠惰な休日が始まる。

「……あんた何してんの?」

 低い声が出てしまったのは仕方がない。近隣住民に多大な迷惑をかけながら、酒でヒートアップした大喧嘩の末に頬を引っかいて追い出したはずの恋人。それがダイニングの机に我が物顔で新聞を読んでいるのだから、頭痛はさらに増した。
 怒りが一瞬戻ってきて怒鳴ってやろうとした声は、彼の指先が示した食卓を見て茫然と消える。
 机の白いプレートの上には、こんがり焼かれたパンにチョコクリームをたっぷり塗って、その上に松の実がちょこんと乗っている。それからアーティチョーク炒めを卵でとじたスクランブルエッグ、私の好きなフルーツパウンドケーキ。コーヒー豆のチョコに、キウイを切ってヨーグルトをかけたもの。今までこんな完璧な朝食は見たことがないほどのメニューがずらりとそろっている。まるでホテルの朝食ビュッフェだ。

「これ作ったの?」

 頬に猫の引っかき傷をつけた男は、かけられた声に返事はせず、手癖の悪いドラ猫に「食え」と言うように机をコンコンとノックした。そういえば昨日言葉のはずみで「もう口をきかない」と言い放ったことを思い出し、もしかしてこの金髪男はそれを律儀にも守っているのだろうか、と訝ってまた声をかける。

「ごめんって言ってるつもり?」
「…………」

 メローネは視線を寄越さない。
 その無愛想な様子に少なからずムッとして、少々乱暴に席につく。無言のまま口にした朝食はどれも驚くほど美味しいのに、作った本人が喧嘩腰の真っ最中なのだから「Buono(美味しい)」とも「Grazie(ありがとう)」とも言えない。黙々と食事を終えたら、すかさず熱々のエスプレッソまで出てくる。よくよく部屋を見れば洗濯物まで終わっていて、私は思わず未だピンで留められたように同じポーズのメローネを見た。
 怒っているくせに妙に親切で気味が悪い。真っ直ぐな金髪の横顔をじっと観察するように見ていると、少し落ち着かない様子に何となくピンときた。

「メローネ、私に"ありがとう"って言わせようとしてる?」

 それにしても部屋が静かだ。口先から生まれたようにお喋りな男が黙っているからだろう。私達が家に居るとき、あれこれ喋るのはメローネが殆どで、私は大方聞き役になっている。こんな風に彼を問い詰めるのはなんだか新鮮だった。
 やっとこちらに視線を向けた太陽に透ける葡萄色の瞳は、きれいだと思う。それに目を見て確信した。こんな回りくどい方法はいかにも彼らしい。

「そう言って欲しいんでしょ?」

 誰も応えないのに一人で喋るのは滑稽だったが、妙に楽しくなってきて目の前でニヤニヤと笑ってみせると、無愛想な顔が余計に不機嫌に眉根を寄せた。大体喧嘩の理由は、口に出すのも恥ずかしいほど下らないもので、こうなると原因は関係ない。必要なのは残った「こじれ」をなおすことだ。
 だから私の仕方がないから言ってあげる、とばかりの礼でもきっと口を開くだろう。大袈裟に溜息までついて見せて、もったいぶった唇をやっと開いた。

「メローネ、ありがと……」

 う、と言う前に塞がれる。
 眼前に迫った整った顔は、心待ちにしていた玩具を貰った子供のように満足げで、机に手をついたまま何度も角度を変えて口付けた。間近で瞬きをする金色の睫毛が頬をくすぐる。許してしまえば彼の頬の傷が途端に可哀想になって、両手で頬を撫でてキスに応えた。

「どういたしまして」

 甘い声の持ち主は、私の顔に滑らかなブロンドを落とす。無防備な格好の腹を不埒な指先が撫でる。そういえば「お前は女のくせに言葉が足りない」だなんて可愛いことを彼は昨日言っていたなと、ソファに押し倒されながらうっすらと思い出したのだった。



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