闇夜は疾駆する。

 月の光は太陽の眩さを反射した光だというが、それを厭う我らの身体には何の影響もなく、むしろ柔らかく包むように降り注ぐのは何とも不思議なことだった。
 鬱蒼と茂る森を掻き分けて、主人達の元へ戻る。人間達は既に遠くへと逃げ隠れているのか、人っ子一人見当たらなかった。か弱い人間がいざ化け物退治と勇ましく挑んでくるのも面倒だが、居なければ居ないで食糧に困る。
 また移動しなければいけないだろうか。それにしても、好敵手など中々現れたものではない。

「カーズ様、エシディシ様、やはり人間どもは既に移住を始めた模様です。石仮面を被せる"材料"を求めるのなら西がよろしいかと……」
「うむ……ところでワムウ、何を連れてきた?随分可愛いのをくっつけてるじゃあないか」

 主人の一人が唇を吊り上げてからかうような表情で自分の背後を指さす。勢いよく振り返れば、視界の端が何か光るものを捉えた。
 ひゅんっと風を切る、虫にしては大きな。手で捕まえようとしたが、寸でのところで掌から逃げ出したそれはもう一人の主人の元へと飛んで行った。

「ムウウ!」

 反射的に伸ばされた逞しい腕に、その光る物体は確実に捕らえられたはずだった。しかしまるで和毛のあるネコジャラシを握ったかのようにしゅぽん、と難なくと柱の男の握力から逃れる。
 逆さ吊りのような状態で、"それ"の瞳とかち合った。天然の真珠よりも、と言っても構わぬだろう、色は自然界においてあまり見られない純白だ。姿かたちは人間に近いが、体長は己の掌ほどしかない。

「てぃーーっ」

 おおよそ意味が無いような声を発する、その少女―――と呼んでも良いのか分からないが―――は、羽根すら持たぬ身体で風に乗り舞ってみせ、きゃらきゃらと高く小さく、悪意のない声で笑っている。まるで自分を捕まえられない目の前の屈強な男達を悪戯にからかって笑っているようだった。

 静かに歩みを進めた冷酷な主人は、指先にその金属をも容易く切断する煌めく刃を生やした。少女の淡い光を吹き飛ばすような眩さに、ふと見ていられない気分が襲ってくる。
 刈り取るのは容易いが、それを好んでいると言えば嘘になるだろう。この心に抱くものこそが自分の甘さなのだと、カーズに何度言われたことか。

 少女は無邪気に笑うまま、迫ってくる光にただ瞳を輝かせている。ぱかっと口を開けて、息をついたかと思ったら、身を反らせて大きく吸い込むような動作。

「あーーん!」
「……ッな、何ィッ!」

―――ひゅぽんっ

 軽やかな、どこか間抜けな音と共に、カーズの指先の輝きが消える。少女は小さな口をもぐもぐと何かを食べるように動かし、喉を伝って腹に落ちた何かをさすっている。満足げに空中を一回転したら、まるで餌を強請る雛のように再び口を開けた。
 黒衣の男は眉間に皺を寄せて、目を細めて思慮に耽る。それからゆっくりと手のひらを差し出すと、淡い光は誘われるようにそこへ乗った。 

「ふむ、重さは殆どないな。鳥の羽程度か」
「カーズ様、その者は一体?人間ではないようですが」
「聞いたことも見たこともないな、光を食糧をする種族……どちらかというなら植物に近いのかもしれん。軽すぎる故に、攻撃をしようとしても風圧で逃げる。このまま握りつぶそうにも滑って逃げる」
「おい、オレにも見せろ」

 この小さな光を駆逐することの意味の無さに、聡明な主人は早々に気付いたようだった。もう一人の主人が好奇心に駆られたのか流石の自信であるのか、訝ることもなく同じように手のひらに乗せる。味わったことのない感触に楽しげに笑ってみせ、風格のある声で喉を震わせた。

「綿毛に似ているな!蒲公英が咲いたあとに出来る、あれだ」
「貴様、名はあるのか。どこから現れた?我が主人たちに述べるがいい」
「ろてぃーー、てぃーーっ」
「………」

 自分に話しかけていることは理解できるのか、こちらに顔を向けてまた鳴き声を発する。特定の言語であれば理解することができるが、やはり何の規則性もないようだった。言葉を話す知能は無いのだろうか。
 自然と睨みつけるような顔になり、晒された少女は大人しくなって、しかしまた鳴き声を発する。

「……ろてぃー」
「言葉も知らぬようです」
「フン!良い。この世にはまだ名の無いものなど五万とあるではないか……それよりも西だったな」
「ああ、行くか。じゃあなァ綿毛」

 取るに足らないとばかりのカーズはもちろん、面白がっていたエシディシさえ余韻を残さず、振り向いたのは自分、それもほんの一度だけだった。



 蛍ように浮いている光を残し、また常闇を走る、生物界の頂点と言っても過言ではないその荘厳な後ろ姿。
 綿毛と呼ばれた少女は、三人の柱の足跡を淡く澄んだ瞳でなぞり、睫毛が瞬きをすればたちまち星が散った。風に乗って流れ始め、ぴゅうとトビウオのように素早く風を蹴り、そして―――。

「…………ふぁ、……」

 カーズの腰布についた装飾に引っかかると、本当に生き物に運んでもらう蒲公英の綿毛のように、うとうとと船をこぎだし、つかの間の眠りについたのだった。


夜蛍物語

 西暦×××年。柱の男達、謎の生物をくっつけて西へ―――。





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