リビングデッド・パーティに煙が掃除屋二人を連れて行ってから、屋敷の中は新しい彼のパートナーの話で持ちきりだった。死者を蘇らせる魔法使い。それが事実ならば、なるほど魔法使いの世界で支配権を握る煙までも唸らせる相手だろう。
 しかし数日前屋敷の主が連れ帰ったのは結局のところ、四足歩行のペット「キクラゲ」だった。いくら素晴らしい魔法を持っていても、流石に魔法使いではない相手をパートナーにはできない。彼のパートナー選びはまだまだ続きそうである。

「煙ちゃん〜……」

 昼下がりの広間。幅広い事業を手掛ける煙はいつも仕事が忙しく、一息つけるのはこんな時間くらいだ。遅めの昼食を取ろうとした彼の元に軽やかな声が転がり、扉からは中の見えないフルフェイスの宇宙メットマスクを被った魔法使いがひょっこり顔を出している。
 久方ぶりに見る姿に煙はいささか目を細める。特に激しい任務を言い渡してはいなかったは筈だが、ここ数日タイミングが合わなかったのか会う機会がなかったのだ。それがそういえばと彼が彼女の顔を思い浮かべたその瞬間に現れるものだから、相変わらずだなとため息をつく。

「アンリ、今までどこにいた?キクラゲを紹介しようと思っていたのにだな……」
「キクラゲとはもうお友達だよー!わたしのお気に入りクッキーあげたもんねーキクラゲ〜」
「ンニャンニャ」

 ボスである煙に敬語を使わないのは、屋敷でも数が限られる。この小柄な魔法使いもその一人で、いつのまに仲良くなったのかキクラゲは彼女の指先をぺろぺろと慣れたように舐めていた。しゃがみ込んで煙の膝にいるキクラゲを撫で、アンリは自然にマスクを外す。
 中から現れたたっぷりとした長い金髪が揺れ、可憐な少女がにっこり笑う。煙は強面の自分とは程遠いその優しげな風貌が嫌いではなく、目の当たりにすると自分の態度が少し柔らかくなってしまうのを自覚していた。跪いたまま見上げてくるアンリの姿はどこまでの煙の美的感覚に合致している。

「ホントはね、煙ちゃんが『オレの所に来い!』って言うまで逃げよって思ってたんだけどぉ」
「ナニ?何かやったのか」
「寂しがってほしかったのーー!でもわたしが我慢できなくて出てきちゃった……ねぇねぇキクラゲばっかじゃなくてわたしもお膝に乗せてよぉ」

 この少女の愛情の注ぎ方は、見た目は似ても似つかないはずの兄の鳥太とどこか重なるものがある。隠そうともしない全面的な好意。兄と違って厄介なところは、引くことも押すところも弁えていて、正しく見返りを手に入れようと画策するところだ。
 きっと知っていてマスクも外しているのだろう。煙はまた深い深いため息をつきながらキクラゲを抱いて床に下ろすと、まだまだ遊びざかりのキクラゲは元気に走り出した。アンリが蝶のように長いまつ毛をぱちぱちと瞬きをさせてから、ぱっと顔を明るくさせて勢い良く彼の膝に乗りあげる。柔らかい重みに煙は満更でもなさそうに鼻を鳴らした。

「きゃーーっ煙ちゃん大好きぃー!今日も一段と素敵!瓶詰めにしちゃいたいくらい!」
「絶対にヤメろ」
「えー!オッケーオッケー、また今度ね?煙ちゃん今からお昼ごはん?わたしも一緒に食べていい?」

 畳み掛けるように降り注ぐ言葉に辟易して「好きにしろ」とだけ告げると、アンリは嬉しそうに煙の首に両腕を絡めて、そのおどろおどろしい悪魔製のマスクの上から頬にチュッと慕わしげなキスをする。
 こういう所は悪くないのだが。
 やがて運ばれてきた皿に煙がマスクを開けて手をつけようとすると、アンリがそれより早くフォークにキノコのソテーを山盛り乗せてアーン、とにこにこ笑いながら差し出してくる。こんなに食えるかと煙が青筋を立てて言うのも聞かず、白い手が心底楽しそうにキノコを口に突っ込んだ。

「おいしい?うんうん、煙ちゃんが喜んでくれてわたしも嬉しい!」
「……………」

 溢れるほどキノコを頬張った煙はもはや文句を言うこともできない。逆立てられた髪の下で青筋が浮かぼうが鋭い目が据わろうがお構いなしで、アンリはにこにこと微笑みを絶やさなかった。
 偉大なるファミリーのボスはなんとかこの少女を躾けてやろうと決意し、顎が痛くなるほど咀嚼を早めているのだった。


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