無声映画のような夢だった。
 古い射影機に映されたそれは、まるではるか昔に失われた思い出のように燦然と美しく輝く。少女は寒いのが腕まくりをしていた白衣の袖を下ろして震えていると、一人の男が意外に逞しい腕の中へとすっぽり閉じ込めて笑っていた。
 くすぐったそうに押し込めた嬌声が聞こえてきたのか、男は高い背を屈めて額にキスをした。少女は堪えきれずに笑い出して、恥ずかしさを隠すように体を縮こまらせる。幸せな恋人同士そのものの光景。よく見れば微笑む少女は私で、男の方が―――



「オマエラ、おはようございます!」


 特徴的な声のモーニングコールで、重たい瞼がゆっくりと開く。首だけを動かして部屋を見渡せば、机から這うように筆記用具が散らばっていた。夜更かしによる眠気の限界の中でもなんとかベッドには辿り着いたのか、と大きく欠伸をして起き上がる。
 二度寝して朝食会に遅れたら石丸くんが五月蝿いだろうなあ、と布団の誘惑を振り払って顔を洗いに行く。ああ眠いなあ、まったく、眠気には敵わないなあ。


▲▼


 最後に食堂に来たのは目高だった。珍しくギリギリにやってきた少女はふらふらとした足取りで、大きな声で挨拶をする石丸におはようとあくび混じりで返した。随分と眠そうにする彼女は、なんと平均睡眠時間12時間という超ロングスリーパーである。
 苗木は昨日も5時頃に夕食を食べ、その後図書室へ行ったあと部屋に戻る彼女に遭遇している。本を読んで夜更しでもしたのかな、と空いていた葉隠の隣に座った目高に挨拶をしたら、やはり眠そうな声が返って来た。

「おはよぉ……」
「おはようさん〜目高っち珍しくビリの寝坊助さんだべ」
「目高さん、もしかしてあのあと部屋でずっと本読んでたの?」
「いやぁ、あれはすぐ終わったんだけど〜〜この前読んだやつと比べて、実験方法が……どーきの………あれ………」
「こりゃダメだべ」
「あはは……」

 もはやきちんとした言葉になっていない#名字#の声に苗木は笑ってしまった。船を漕ぎ始めた頭がゆらゆらと揺れて、幾分高い位置にある葉隠の肩にこてんと寄りかかった。
 葉隠は少し驚いたあと苦笑いしながら、机の上に置かれた目高の手をトントンとつつく。

「おーい目高っち、そのまま寝たらいかんべ。朝飯前にお仕置きタイムなんて勘弁だっつの」
「……寝てないも〜ん……えへへ」

 くすくすと甘えた笑い声と共に、少女は頬を男の肩に擦りよせる。そのあまりにも甘い響きに、一斉に少女に視線が集まった。
 いつも無邪気に笑っている目高には、小柄なのも相まってどちらかというと子供っぽい印象がある。言葉通り意識はあるのか、薄く開いた金色の瞳はしっとりと瞬きを繰り返し、指先は葉隠の手に絡められていく。白い親指が柔らかく手の甲を撫でる仕草に、皆の目が釘付けになった。
 まるで恋人への愛撫だ。

「………目高っち?」
「んんー」

 葉隠が赤くなった顔も誤魔化せず戸惑いに半笑いになって目高を見かえす。香ばしい香りを漂わせて朝食を運び出した朝日奈と大神が硬直していた。よく見れば石丸は既に爆発寸前といった様子で、他の面々も赤くなったり目を見開いたりしていた。
 ―――これは恥ずかしい!
 耐えかねた葉隠は手を引いて少女の前でパン!と両手を合わせて打った。

「よーーし目高っち!そろそろ起きるべ!!リアルな話これ以上は色々とマズイって!!」
「……はっ!!」

 目の前で弾けた音と衝撃に目をぱちくりさせ、瞬きを繰り返したあとやや顔色を悪くした。そしてすぐモノクマが居ないことを確認し、安心したように手を頭の後ろにやってケラケラと朗らかに笑う。

「あっぶない、私寝てた?!い、いや寝てない寝てないへへへ!寝てないってことで〜」
「そ、そうだね、朝ごはん食べたら眠気も覚めるよきっと……」
「あーびっくりした!目高ちゃんがおかしくなっちゃったかと思ったよ〜、はい朝ごはんっ」
「目高くん!!君という人は、女性がそんなは、はしたないことをするんじゃないッ!!」
「むむむ……!寝起きうとうと☆ドキドキイベントに遭遇とは葉隠殿も只者じゃありませんな。そういうのは苗木殿のポジションかと思っておりましたが」
「寝ぼけてでもいなければ、よりにもよって葉隠を選ぶはずもありませんものね」
「おい、セレスっちヒデーぞ!どーいう意味だべ!」
「へへへ、ごめんごめん〜」

 すっかり元通りの空気になった目高は、居眠りのお仕置きを免れたことにひたすらホッとしているらしい。それにしても隣に座っていたのが石丸あたりだったら大騒ぎなっていたことだろう。まだ年長者の葉隠であったのが不幸中の幸いか。
 当の葉隠は特に気にしてもいないのか、呆れたようにため息をついてこれよみがしに説教じみた台詞を並べている。

「ったく俺に感謝すんだぞ!なっがいこと寝ねーと起きれねえくせに夜更かしなんかするからだべ」
「だぁって中途半端なとこで終われないんだもん〜」
「まあ確かに話に夢中になってオールしちまうのはよくある話けどよ」

 でも許さん、と剥き出しの額をペシペシと叩く葉隠と目高のやり取りはやはり恋人というよりは兄弟的なそれに近い。いつも通りの雰囲気に戻った食堂で、苗木はほんの少し少女の意外な一面を見た気がして妙にドキドキしていた。
 目高さんには恋人がいるのだろうか、と思えるほど違っていた。二人の寄り添う姿は妙にしっくり来ていて、もしかしたらもしかするのかもしれない―――と、恋の話に盛り上がる女の子のような心境でやっと味噌汁に手を付けたところで、気付いた。

(葉隠クン、すごい耳が赤……)

 何か見てはいけないものを見てしまった気がして、誰も気づかないうちに目を逸らした。本当にもしかしてもしかするのか。
 ああ、今日の朝食も美味しい。





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