子供には必ず「なぜ?」「どうして?」を連発する時期が訪れる。大人にとっては当たり前のことが、子供の目にはたいへん不思議に見え、大人の都合などお構いなしに疑問をぶつけてくるものだ。
 その少女にも例外なくその「質問期」がやってきた。もともと好奇心が非常に強く、分からないことがあれば誰にでも聞こうとするので、彼女の顔を見たら大人が逃げ出すほどであった。共働きの忙しい両親はそれにほとほと参らされていたが、質問をないがしろにすることはしなかった。質問には丁寧に答え、分からないことは図鑑や本で一緒に調べた。

「分からないことは、パパに聞く。パパが分からないことは、本を開けばわかる。それでも分からないことは、自分で確かめるのが一番だ」

 その父親の一言が、ある天才を生んだ。
 いいや、子供は元から皆研究者であり天才であったはずなのだ。好奇心の赴くままに美しい世界を探検し、のびのびと体感する。それが大人になる過程で、なんとなく、折り合いのついた地点で死んでしまう。
 けれど目高アンリの探究心は死ななかった。
 この世には誰もまだ知らないことが山のようにある。誰かが自分だけに打ち明けてくれた秘密のように、世界の秘密を握る瞬間に湧き上がる優越感は何事にも代えがたい。その快感を知ってしまった。ゆえに彼女の研究には人類の進歩や社会への貢献などという意図は、ほとんど無いと言っていい。

 日本で最も名誉ある科学賞を受賞は、世間でおおいに話題となった。若干高校生の少女が世界を揺るがすほどの成果をあげてから、ニュースに目高アンリが映らない日はなかった。
 テレビの前で多くの人間が見守る中、授与式でのコメントは「知りたいことが特別たくさんあっただけだと思います。私の楽しみが、みんなの助けになるなら嬉しいことだと思います。なので、必要な人が使ってください」―――と稚拙かつ簡潔に締められた。
 その言葉通り、発展の余地が大いにある研究の全権を彼女はすぐ信頼ある研究者へ引き継いだし、その時にはもう次の謎に夢中だった。分かってしまったことに興味はなどないのだ。

 だって世界は私を飽きさせない。

 ある目的のために、しかるべき手段を取るだけ。努力という言葉はあまりに近しくない。だから彼女は天才と呼ばれたのだった。


▲▼


「そんでその研究、人にやっちまったんかーー!?勿体ねえ!!」
「だってもう要らないもん」
「カーーッ!」

 科学的発見によって生まれる利益の相場など検討もつかないが、それでいくら儲かったのかと思うと自分のことのようにやるせない。食堂の椅子にもたれた葉隠がそんな感じでうなった。
 閉鎖された空間では、時間と季節の感覚がない。しかし時刻はちょうど昼下がり、当然やるべきこともないので、目高アンリと葉隠康比呂は雑談を茶請けに一服していた。
 超高校級の占い師と超高校級のサイエンティスト。一見あまりにも相反しているような分野の二人であったが、お互いにそんなことはあまり拘らない性質なのか、至って朗らかに会話は続いている。

「だーってそれを何に使えば一番いいのかなんて分かんないもん。色々使えるのは確かなんだけどさ、そういうの考えるのは別の人に任せたの」
「ふーん、そんなもんか?案外アッサリだべ」
「未来を占ったからってどーこーできるわけじゃないじゃん?」
「なるへそ……いや〜〜でももったいないべ、もらえるもんは貰っとくべきだって」
「アッハッハ」

 至極残念そうに首を振って大きくため息をついた葉隠は、その授与のとき目高が貰った目玉が飛び出るほどの賞金の額を知らないようだった。
 ある意味、葉隠とアンリの才能は似ている。限りなく正しい結果は出せるが、それが良いものでも悪いものでも関与することはできないし、しようとしない。科学や未来とはもともと情のない冷たいものだ。安心を確実に得たいのならば、宗教のほうがよっぽど向いている。
 それを理解している。
 だから二人は気が合ったのだ。

「それにしてもこの学校すごいよねー!さすが有名校だけあるっていうか」
「たべ!こんなサプライズを思いつくなんてここの学園長ってのはただもんじゃねーな」
「ね〜〜!学校始まるの楽しみだなぁ〜〜!」

 加えて個性が強すぎる面々の中で、危機感のなさはここ二人が群を抜いていた。占い師となれば直ぐにこの学園の異常性に気付きそうなものであるが、こればかりは性格なので仕方が無いだろう。
 アンリのほうは窓に張られた鉄板の材質や方法から見て、この状況を作り出したのと同じ機材が揃っていなければ出るのは物理的に無理だと判断した。人為的な「謎」は明智小五郎やシャーロック・ホームズなんかの担当で、科学者は範疇外なのである。

「でもなんでバトロワ風の入学式なんだろね」
「な、縁起でもねえべ」

 いわゆるバトル・ロワイヤル。
 有名な映画タイトルと違うところは、殺さなければ死ぬわけではなくて出られないというだけだ。監視カメラと鉄板を無視すればそんなに居心地は悪くないし、そんなに急いで出なければいけない気もしない。二人揃って出口探しに積極的でないのはそのためだ。
 この平和な日本でいきなり殺し合いだなんて言われてもしっくり来ない。それくらい今の状況は突拍子のないものである。教室で目覚めてからというものずっと何処か夢見心地で、楽観視には根拠のない希望的観測が混じっている。

「出れるよねえ」
「そりゃそうだべ」

 肯定し続けなければ息が詰まる。
 間を置かずに頷いた葉隠の意見の心強さと脆さに、気付いていないわけではなかった。飄々として掴み所のなく、つくりはハッとするほど鋭い目元は笑みに柔らかく曲げられている。或いは自覚さえないのか、瞳の奥には確かに不安に揺れる色があった。
 緑茶の入った湯呑みを傾ければ、すっかり温くなったそれが喉を潤す。不確定なことを口にするのは無駄な混乱を招くだけだとアンリは知っている。舌に残った渋みを転がして、殆ど願いのように笑い返したのだった。




Back


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -