一番古いはっきりした記憶は、10歳の時。稲光が遮光を許さない部屋で「アンリ」が誕生してから……あまりのショックに気を失ったのをよく覚えてる。今思えば失ったのはそれだけだったのか甚だ疑問だ。


丸く可愛らしい瞳。小さな鼻に上品な唇。柔らかそうなミルキーホワイトの髪の中から、ふわふわの耳が飛び出している。
「この子可愛いでしょ?」なんて制作者の意図が透けて見える笑えるくらいの美少女へ華麗に変身させられた。
その代わり表情筋は死滅してしまったのか、笑うのも泣くのも怒るのも表現できなくなった。
抵抗はしなかったのかって?口で散々したけど、言葉が通じない相手に何言われたって犬が吠えてるくらいの認識なんでしょう。無駄だとわかってすぐ止めた。


顔を作り替えられて、与えられた新しい名前に跪いて、どうやらお偉い人達に腹を見せて服従のポーズ。自分で作った顔を愛でるなんて、どれだけナルシストなんだか。高いところは空気が薄いから、きっと頭に酸素が行ってないに違いない。


どうしようもないから(そうとしか表現できないし、したくもない)アンリとして生きてみたら人間の防衛本能か何かなのか、不思議なもので……生まれてからの10年がアンリの空想なんじゃないかって思えてくる。

いつも通り、まん丸の目で、不思議そうに首を傾げれば全てうまくいく。それが続くだけ。何も心配無いと信じてた。





次に頭に焼き付いているのは、13歳の寒い雪の日。

またまた訳の分からない理不尽な理由でアンリの平穏に終止符を打たれた。
お話の筋書きはさしずめ、「義を重んじる海賊が腐敗した貴族社会に殴り込み、奴隷達を解放しましためでたしめでたし!」というところか。

その英雄的な海賊は呆然とした彼らになんて言ったと思う?これがまた笑えることに、「好きにしろ」だって。
目の前の病人みたいな男が、こいつの大好きな海で身体が八つ裂きになって死ぬ想像をしても、何もかも戻らない。あの生活が好きというと嘘になるが、奪われたという感覚だけがやけに残った。
恨み言を吐く声がどうにも止まらない。


『どうしようもないからここにいたのに、どうしろって?海賊が何しようが大義名分なんて無いよ』
「……××××?」
『言っても無駄だろうけど』


他の奴隷たちが手放しで喜んでいる。孤児の子供は途方に暮れながらも、差し伸べられる手がある。私が“最初から何も持っていない”のは誰が悪いわけではない。
だが、あの腐った玉ねぎでも詰まっていそうな頭のドローレス(私の主人だった貴族の少女、今どうしているかは知らない)でさえ、私の顔を奪った代わりに寝床と食事を与えたというのに、こいつはそれすらも。


『助けるだけ助けておいてあとは知らないなんて無責任よ、自分の都合で人の生活を奪った癖に、感謝されると馬鹿な思い違いでもしてたわけ?』
「××!『訛りがひでぇが、口も悪いな。奴隷ならもう少ししおらしくしちゃどうだ』」
『……何も出来ない役立たずの人でなし……とっとと愛しの海にでも身投げしろ!!』



初めての意志疎通が出来る人間に会ったって言うのに、とっさに出た言葉はよりによって酷いスラングだった。暫くお役御免だった喉は随分有能になったよう。
だって一言呟けばそれを皮切りに全て吐き出してしまいそうなのが自分でもわかるから、せき止められたように何も出てこないんだろう。
身体は実に正直だ。


『……クソッタレ』


嘔吐しそうな「助けて」を全部無理やり飲み干した代わり、また小さな罵倒がこみ上げる。

それが聞こえたのか黙り込んでいた男は隈の所為で元々良くない目つきを更に悪くして、恐ろしいほど嫌な笑みを浮かべた。


『お前らを助けた?海賊相手に笑える冗談だ』
『……なに?』
『おれは貴族社会ってものが虫酸が走るほど嫌いでね、根こそぎ壊して奪ってやりたかっただけさ。貴族でいる権利も、奴隷でいる権利もな』


海賊はすべからく奪う者。
誇らしげにそう言い放った男に怒りを通り越して唖然としてしまった。
人の言葉を耳で聞いて理解するというのが久々すぎて、疲れたのかもしれない。悲しむのも怒るのも疲れるばっかりで実りがなくて、本当嫌になる。
口から出た言葉は投げやりだった。


『なら、次は何を奪うの?私が持ってるのは命くらいよ。欲しいならあげるわ』
『お前の命なんて貰って何の得があるんだ?今欲しいのはそんなものより、クルーだ』
『……冗談じゃない、海賊なんて』


かといって、海軍は死んでも近づきたくない。この国の海軍は貴族と結託して奴隷売買を黙殺していたような奴らだ。床に転がっていた私を見る哀れみの目は、未だに腸が煮えくり返るほど嫌悪感を覚える。
手に持っていた長い刀を肩にかけ、やけに尊大な男はさらに口角を吊り上げた。
……嫌な予感しかしない。


『嫌がろうが関係無いな。おれは海賊……欲しいものは奪い取るのみだ』


意味深に広げられた手を見ていたら、男が何か呟いた。ぐるりと反転する視界。何かに頭をホールドされている。

私、今夢見てる?
首の無い少女の身体が、こちらを不気味に見据えている。ぞっとする感覚と既視感。思わず後ずさろうとしたら、目の前のクリーチャーが後ろ足を引いた。


あぁ、見覚えがあると思ったらやっぱり―――アンリか。


そう理解した瞬間、視界が暗転。遠くで高らかな悪魔のしてやったりという笑い声を聞いた。
『クソッタレ』の声は届いてくれただろうか。ああ本当に、人生ってままならないものだ。



ウサギと白昼夢


現在16歳、あの時意識を失ったのが間違いで、何の因果かハートの海賊団として3年間働いてる。食事はまずまず、揺れる寝床……宝の分け前があるぶん、前よりは“マシ”かな。






とげとげしい女の子とローさんの出会いでした。誘拐でしたね!かなり口が悪いしプライド高いしツンツンですが、ワンピース世界での共用語がいまいち話せないので無表情な素直クールにでも見える罠。ある意味勘違いと言えるのかもしれない。
見た目は逆ハーでもできそうなスペックだよ!でも整形だから無表情なだけだよ!

ちなみにアンリが話す言語は二重カッコ『』、理解できない言葉は「××××」で表現してます。もしロー視点だと、アンリのセリフの一部が「×××」になる……という感じ。分かりづらくて申し訳ない。

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