"うさぎがプカプカ浮かぶキャンディを持っているみたい"

 色とりどりの風船を抱えて子供たちに配る、大して可愛らしくもないうさぎの着ぐるみに熱視線を送る少女を横目に、そんなことを考えているんじゃないだろうかと推測する。

 時刻は午後三時。
 まだ明るい昼下がりの杜王商店街は、M県立小学校から下校途中の小学生で賑わっていた。仕事を切り上げて待ち合わせのカフェで落ち合い、用がなければ歩いて帰るだけ。お互いに休日なら遠出もする。
 何だかんだと一緒にいる時間が長いと、大抵のことは分かってくるのだ。

「露伴、うさぎがプカプカ浮かぶキャンディ持ってるみたい!」
「言うと思ったよ」

 この少女は、天才だ。
 人生という百年の時間の中、一瞬にして体感する退屈な時間を有意義にする力を持っている。何を見ても素晴らしいと目を輝かせ、毎日見る野良猫に餌付けして、弁当に入っている林檎がウサギ切りだったと嬉しげに報告してくる。
 いちいち感動してなんて単純なんだと呆れていたのは最初のうちだけで、彼女が本物の天才だということにすぐに気付いた。現に、子供に混じって貰った変哲もない風船さえ、アンリが持っているだけで価値のあるものに見える。
 天才の感受性は時に他人に影響を与える。故に天才なのだ。

「はい、露伴は赤ね」
「はっ?僕?何で?」
「欲しかったんじゃあないの?しょうがないなァ、じゃあこっちの緑あげるっ」

 弾けるような笑顔で渡されては、甘んじて受け取るほかなかった。
 季節外れのクリスマスカラーを引っ提げて商店街を歩く。浮かれて跳ねる赤い風船、隣に揺蕩う緑の風船。通行人の妙に微笑ましそうな、無関心なような、そんな視線には長く耐えることはできなかった。

「人が多すぎる!」
「混んでるの嫌いだっけ?」

 不思議そうな声に歯切れの悪い返事しか返せず、首を傾げるアンリの手をとって大股で人気のないところまで抜ける。風船を握ったままの手と手。飛んでっちゃうよ、と笑う声がした。
 潮の香りに鼻先を向けている横顔を見ていると、この先自分はこれほど他人に感慨を抱くことがあるだろうか、と似合わないポエムが浮かんでくる。それもだれに言うわけではない。或いは彼女が知っていればいいと思った。


「人いないね」

 海岸に差し掛かってすぐ、そんな呟きが聞こえた。波が規則正しく引き、打ち返し、飽きず繰り返す音は鼓動を落ち着かせる。まだマジックアワーには程遠い時間、海は正しく青く、ロマンチックでも何でもないが、小さな声には僅かな感傷が含まれる。

「……アンリ、ずっと言おうと思ってたんだが」
「えっ、やだ」
「まだ何も言ってないだろ!」
「だって、その切り出し方で人に何か言われてショックじゃなかった試しないんだもん」
「……ショックは受けるかもな。だが、君は喜んでくれるんじゃあないかと、僕は思ってる」

 海辺の風は音高く鳴る。
 手に掴んでいるものが極めて神秘的な確率で、自らの元に来たことを再三思い知る。だから手放すことは考えられないと、言葉にして伝えるしかない。

 一言め、まだ俯いて。
 二言め、顔を上げて。
 最後に、手から風船が抜けた。

 潮風に舞い上がる赤と緑を反射的に見上げたあと、彼女の小さな両手が見るのを拒否して目隠しをした。そんなことをしたら、返事も何も分からない。察することができても、明確な態度で見たいのに。

「アンリ?」
「は、離れるの、見たくない」
「紐が絡まってるから、離れないみたいだぞ」
「見えなくなった?」
「まだ」
「離れてない?」
「離さないから、こっち向けよ」

 頑なに外れない手の側で、短く切られた黒髪の隙間から赤い耳が覗いた。年齢や、環境や、薄い壁に感じるのは世間体なんてものが存在するからだ。近いのに遠く感じるなんて、ただのセンチメンタルに過ぎない。

 一歩踏み出せばキスもできる。
 それならば、奇跡と呼んでやってもいいだろう。
 


 
ミラクルシュート!












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