あの白く柔らかな肌は甘いのだろうか。吸えないくせに煙草をチェリーピンクの唇にくわえて高い椅子に座る彼女を見て思わず喉が鳴る。 ほっそりした脚がゆらゆらと床に爪先を這わせるのを目で追う。その度に自分の"大人"の部分が揺れて崩れそうなのを、男はにっこり笑って見ない振りをした。 理性なんてものはとっくに無かったことになっている。
「よく似合ってるよ、とても可愛らしい」
傷ひとつない首もとに、エナメルレザーのチョーカー。銀色のチャームが髪の毛と揺れてまたぐるりと鳩尾が疼いた。飴細工のような桜色の爪がそれをなぞり、とろりと笑顔を零す。
「ああ、アンリ。君は僕のものだ」
縛れない彼女を自分を繋ぐ唯一の絆。白い頬に無骨な手が滑り、汗ばんでいる指に、吐き気がする下卑た感情が何も知らない無垢な彼女を汚しているようで堪らなかった。
傍目から見て明らかに、異常。幼い少女の膝に縋りつく壮年の男。その姿は聖母マリアを前にした敬虔な信者のようで、母に甘える赤子に戻ったようでもあった。 熱に浮かされた目は、少女の恐ろしいほど澄んだヘーゼルの瞳を一心に見つめて許しを乞う。その細い首筋に触れることを、唇に誓いを立てることを、心臓に口づけることを。 そして、全てを捧げることを。
(聖母は決して是と言うことはなかったが)
「あなたのもの?」 「そう、そして僕も君のものだ」 「・・・じゃあ」
私のために眠って。ずっとよ。
ただ一つ許された願いを断る理由など、有るはずも 無い。
穏やかな寝息をBGMに、荒々しくソファに腰を落とす。誰もいないアジトのひたすらに静かな中を気持ちよさそうなだけが響いて苛ついた。
信じられないことに目標を殺した(と言うには語弊がある)後、そのまま一緒に眠っていたアンリを見て、どれだけ肝を冷やしたかなどこの少女には分からないのだろう。
膝に寝かせた少女が薄く目を開いたのを合図に煙草を消す自分が憎かった。
「プロシュート、」 「起きたか、この間抜け!」 「首がぴりぴりする・・・」
舌足らずに名前を呼ばれてグッと来なかったと言えば嘘になるが、如何せん俺は不機嫌だったのだ。
当然、首輪よろしくそんなものをプレゼントした挙げ句女に頼まれて自殺した男は容赦なく蹴り飛ばした。 しかし力任せに引きちぎった所為でうなじに赤く痕が残ってしまい、折角外したのにまだあのペド野郎の痕跡が愛しい女に残っているようで腸がぐらぐらと煮えくり返る。
舌打ちに肩が揺れたのを見て、しまったと思った。
「ごめ、なさい
迎えに来てくれたのに・・・」
ポロポロとヘーゼルから涙が零れると、すぐに頭の芯が痺れるような感覚。
ぐって眉間に力を入れて手で両目を覆うと、脳みそに掛かった霧が一気に晴れた。プラスチックが剥がれるような音がして機会片が落ちていく。
アンリのスタンド能力。 効果が早いのはいいが無差別というのも考え物である。
「泣くな」 「ごめ、」 「スタンドでやらされてると思われるなんてのは、癪だぜ」
目を見ないように揃えた後ろ髪を流し、うなじの痕を上書き。ちゅうと音を立てて吸い付けば、ふわふわの肌が唇に触れて気持ちがいい。 花が咲くとまた掌が濡れていくので、これでは自分が"ひどいこと"をして泣かせているみたいじゃあないか。
「いつまでメソメソしてやがる」
「ちがうの、ほんとはね」 「あ?」
「プロシュートじゃないと嫌なの」
やべぇ今のかなりキた。
ほんとは嫌だったの、とか細い声でさえずるアンリに、頬が緩むのが抑えられない。今度から触れさせずに殺させようと決意しながら、すっかり痕だらけのうなじにかぶりついてやった。どこでそんなテクニックを覚えて来やがった!がぶり。
途端に悲鳴のような甘い声を上げたアンリの小さな体を潰さないようにゆっくりと組み敷いて、とびきりの猫なで声で"仕上げ"を。
Ti amo!
そうすれば小鳥のようなキスが贈られること間違いなしの、いつも通りの午後。
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