※ranfrenについては「?」を参照ください。
※名前ネタがあるのでデフォルトネーム「フロレンシア」以外だと違和感があるかもしれません。





 アンリ・ホワイトがルーサー・フォン・アイボリーと文通するようになったのは去年の秋ごろのことだ。

 花屋のアンリが祖父の古くて大きな──現代で欲しがる人がいるか疑問なほどに質の良い──レコードプレイヤーを地域雑誌のガレージセールコーナーに出したところ、ひとりの男性が連絡を寄越してくれた。彼は値引きすることなくそのまま購入するつもりのようだったので、アンリはお礼の手紙とともに何枚かのクラシックレコードを同梱して送った。
 すると数週間後、はじめよりとても上質な白のレターセットにエメラルドグリーンの封蝋で閉じられた立派な手紙が届いた。差出人はLUTHER VON IVORY(ルーサー・フォン・アイボリー)……アンリは、名前をルターと読むべきか迷った。フォンはドイツで準貴族の家系を表す姓だが、アイボリーは英語だろう。中身は丁寧なお礼からはじまり、レコードプレイヤーを非常に気に入ったことと、おまけのレコードへの感謝。読んでいると魔笛のアリアが思い浮かぶ。その手紙はなぜだか古めかしい詩のように奥深かった。

 たんなる社交辞令的なお礼の手紙だ。返事をするのがおかしいとは分かっていたが、アンリはレターセットを探してペンを走らせていた。気になったのも事実だが、叶うのならもう一枚、彼の綴った文章が読んでみたかった。
 深いグリーンの封筒に金の花のシール。アイボリーの便箋にグリーンのインクで。


 ──アイボリーさんへ。祖父のレコーダーを気に入ってもらえて良かったです。
 ──私はカナダ人ですが、父がアルゼンチン出身で、フローレンスではなくアンリと娘に名付けました。お名前にフォンが付いていますが、あなたの名前の読みはルーサーですか?それとも、神学者のマルティン・ルターと同じ?




 それから数週間に一度、なぜだか彼との手紙のやり取りは続いている。ルーサーの手紙は不思議だった。それは彼の旧時代的な言い回しや、時折交えられるドイツ語によるものではなく、ルーサー自身が持っている独特の世界観のためだった。彼の文章はアンリのなんの変哲もない書き物机が不気味な城の暗い書斎に変える、すばらしく悪い夢のようだった。
 アンリは彼との手紙に、社交辞令じみたつまらない質問を書くのをやめていた。互いにどんな仕事をしていてどんな経歴を持っているのか、そんなことは不釣り合いに思えた。好きな花の名前と香り、美しいと感じる音楽、答えの出ないような問いに、数年来の友人にも話さないようなとてもナイーブな感性の部分について綴った。
 大人になってからそういう相手に出会える機会はそれほどない。アンリは彼から届くたまの手紙をいつも楽しみにしていた。

「まあ、ディルフィニウムの花……」

 ある月曜日のことだった。ブルーと白のマーブルワックスの真ん中にはスズランの花が白く塗られている。それから小さく可憐な青い花が一緒に蝋で綴じられていて、見れば微笑んでしまうほど可愛らしい手紙だった。
 ディルフィニウムは結婚式にもよく使われる縁起のよい花だ。花言葉も「あなたは幸福を振りまく」と明るくサムシングブルー(なにか一つ青いもの)にぴったりで、アンリも季節のブーケを作るときに使うことがある。

 ──アンリへ。庭にとても可愛いディルフィニウムが咲いたのでお裾分けします。再来週には弟が誕生日なので、彼がずっと欲しがっていたペットを買おうか悩んでいるよ。ランダルはやんちゃでお友達が多くはないが、愛情深い子だしペットのことを大事にできると思う。

 アンリは手紙を読んでいてはたと顔を上げた。ルーサーについて知っていることは多くないが、筆致や生活ぶりからわりと年配の落ち着いた男性なのだと勝手に思っていた。しかしこのところ私生活について触れるようになった彼の手紙に登場する弟は、人形やゲームが好きでペットを欲しがったりとどうも十代の若い子のように思える。そうであればルーサー自身も思ったより若い男性なのかもしれない。
 弟がペットを欲しがるのはきっと彼の影響だろう。ルーサーは猫を二匹と大きな蛇を飼っていて、大事に育てているのを文章の端々から感じられた。アンリが今更少し気がかりになったのは、青年のルーサーにパートナーがいたとしたら自分との手紙は誤解されやしないかということだった。

(まあ……パートナーがいたら女性と手紙のやり取りを続けないか。あっちが私をおばあさんだと思っているかもしれないけれど)

 そう考えるとおかしかった。アンリはつまらないことを考えるのをやめて、彼の弟のためにバースデーフラワーを作るために席を立った。オレンジの薔薇とカーネーション、黄色のガーベラ、ダリアに赤のヒペリカム。お祝いにぴったりの元気いっぱいなビタミンカラーの花々に鮮やかなグリーンを添えて、花束にしてもルーサーがうまく花瓶に活けてお世話してくれるような気もしたが、やはりそのまま飾れるアレンジメントにすることにした。

 ──ルーサーへ。可愛いお花をありがとう。私からあなたの大切な王子様にバースデープレゼントです。好みに合わなかったらお部屋にでも飾ってください。それから、カードのお名前はあなたが書いてあげてくださいね。
 ──お誕生日おめでとう、王子様! あなたの健康と幸せな日のためにお花を贈ります。新しい家族とどうか仲良くできますように。 お兄さんの友達 アンリより





 アイボリー家のプリンス、ランダルの誕生日の前日。毎日変わる内装もこの日ばかりは可愛らしく飾りつけられ、部屋はホリデーシーズンのようにカラフルな様相を呈していた。家主のルーサーが機嫌良く掃除をしていると、キャットマンのニョンがいつのまにか廊下に何やら箱を持ってぼうっと立っているのを見つけた。
 今日は通販で買ったプレゼントも次々届いているが、ほとんど受け取ったはずだ。ちょうど生首が入りそうなやや縦長の段ボール箱を主人に見せると、ニョンは彼の了解をとってびりびりとガムテープを剥がし始めた。

「おや、花だ」

 そういえば花瓶に飾る花をケーキのついでに買いに行こうと思っていた、ということをルーサーが呑気に思い出した。オレンジと赤を基調にした明るいアレンジメントを取り出してテーブルの上に乗せると、ニョンが不思議そうにふんふんと花の匂いを嗅いでいる。箱の中には手紙とカードが入っていて、ルーサーはやっとそれが誰からの贈り物か理解した。
 アンリ・ホワイト──ひょんなことから文通が始まった顔も知らない彼女とはもう一年ほどの付き合いになる。カナリアイエローに白い花柄が散りばめられた可愛らしい封筒は、優しい花と果実の香りをふんわりと纏っていた。

「友人がランダルに花を贈ってくれたようだ。ニョン、ジョウロに水を入れてきてくれるか? オアシスに水を足さないといけない」
「はい、ご主人様」

 友人という聞き慣れない響きに首を傾げながら、キャットマンはのそのそとキッチンのほうへと向かっていった。手紙にはランダルへのお祝いの言葉と、好みまでは分からなかったからお花にしたと彼女らしい明るく品のある文章で綴られていた。それから貴方の弟だからペットを飼ってもきっと上手くいくという言葉も。
 まだまだ子供っぽいランダルに人間のペットは早いかもしれないと思いつつショップに目星をつけていたが、背中を押された気分になる。ルーサーは薄く微笑みながらケーキとメリーゴーランドの絵が入ったバースデーカードに「ランダルへ」と手紙のとおり名前を付け加えておいた。

「僕の花とカードだ!」

 花を隠しておくのは難しい。いっそダイニングからよく見える位置にカードとともに飾っておくと、ランダルはすぐに気付いて思いのほか喜んでいた。家族以外から花やカードを受け取る機会は子供には貴重なのかもしれない。ランダルは無邪気に頬を赤らめてニコニコ笑い、カードを手放さないまま花の世話をしたがったので、ルーサーは戻ってきたニョンのジョウロをかわいい弟に譲ることにした。
 ランダルがまたひとつ大きくなる。きっと明日はオレンジ色の花がいきいきと輝いて、新しい家族も増えるよい日になるだろう。

 

Back


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -