「そこをどけェ、俗骨ども!!」

 戦場に雄叫びが駆け抜ける。
 アストラの英傑、アンリは怒気を鳴り響くような大声で爆発させた。それは驚くほど敵の恐怖を煽り、同時に味方の背中を押す。場の熱気は跳ね上がり、まだ不慣れな兵士たちも水を得た魚のように走り出した。
 聞けば島に住み着いたごろつきどもは、帝国に敗れたどこかの敗残兵であるらしい。野盗よりも腕が立ち統率の取れた相手に、並みの用心棒では太刀打ちできなかった。そこに現れたのがグランサイファー一行で―――あとは推して知るべしといったところか。

 騎空団員と島の用心棒合わせて200人程度。相手も変わらぬ規模であるなら、兵の実力よりも指揮官の有無が勝負を分ける。総指揮に当たったのはパーシヴァル、殿にはカタリナが付き、一番駆けはグランとアンリが務めた。
 勝てる戦いである。そのためにアンリは自分で先陣を切らず、まだ年若い団長にその役目を任せた。グランはそのまだ未発達の体のどこに力を秘めているのか、驚くべき勢いで敵をなぎ倒していく。しかしまだ広い戦場を見渡すほどの余裕はなく、その背後をアンリの槍が守った。

「団長、分かるか!?あいつだ!あいつが頭だ!お前が奴を討ち取ればこちらの勝ちだ!!」
「ああ、見えた!僕が行く!」
「善し!行くぞ!振り向くなッ!!」

 馬に乗った将軍首。その迫力は歴戦の戦士のそれであった。間違いなく強いのだろう。だが圧倒的な力を持つ星晶獣を幾度となく沈めたグランにとっては、強すぎるということはない。
 一片の躊躇もなく駆けだす少年に、アンリは腹から湧き上がる笑みを抑えられないでいる。やがて飛び上がったグランを狙う銃と剣をアンリが叩き落としたときには、少年は馬上から将軍を叩き落としていた―――。


----------


 仕事は問題なく成功した。
 戦闘は短く、被害は少なく、秩序の騎空団にも手伝いを要請して明日には連行されるだろう。久々に大規模な戦いになったが、大事ないようで何よりだった。もっともグランやルリアにとっては渡された金品よりも住人たちの感謝と笑顔が何よりの報酬だったのだろう。
 パーシヴァルは今日の戦歴を頭のなかでまとめながら自室のドアを開け、ベッドに腰かけようとしてぎょっとした。サイドテーブルに辛うじて腕をかけたアンリが四肢を投げ出し、死んだように床に転がっていたからだ。

「お、おいッ!」
「……………」
「しっかりしろ、気分が悪いのか?」

 傍にしゃがみ込んで軽く頬を叩いて呼びかけると、アンリはわずかに瞬きをして虚ろな目をのぞかせた。色濃い疲労の乗った金の瞳に、パーシヴァルはハッとして眉根を寄せる。
 この島に来る途中も襲ってきた魔物の対処はアンリが表立ってやっていた。その前の島での依頼もそうだが、常に最前線にいた。彼女はまったく男の団員に引けを取らないほどの体力と、それを悟らせない鋼の精神力を持っている。それゆえに―――誰も気付かなかったのだ、アンリの限界に。

「お前というやつは……ッ!」

 パーシヴァルは歯噛みしてアンリを抱き上げ、自身のベッドに横たえた。微かに石鹸の香りがする。そういえば彼女の服装は戦支度から着替えられているではないか。
 つまりは戦場から帰り後始末を終えたあと、皆と体を清め、共用部から個人の部屋まで歩くまで誰にも疲労を漏らさなかったのだろう。かつて一つの島をまとめ上げた英傑の頑丈さは、頼りになると同時にパーシヴァルの頭痛の種でもある。

「馬鹿馬鹿しい。それで他人の部屋で倒れては世話もない。貴様は先の依頼に出るべきではなかったのだ」
「………そういう性分なんだ」
「次は戦場で倒れれば満足か?」
「悪かった、怒るなよ、パーシヴァル……」

 脈を見るために添えられた手に、アンリは頬を寄せて許しを乞うた。パーシヴァルはさっと顔色を変え、手を引くこともできずに硬直する。
 性質が悪いのはこれだ。
 パーシヴァルはアンリを戦士として非常に高く評価している。騎空団の団員としても、指揮官としても申し分なく、自分の理想の王国に必要な人材だと確信していた。

「お前の部屋の前に来ると……気が抜けて、自分の部屋まで帰れなかったんだ」
「うッ………!」

 許せ、とアンリが掌に口付けをする。指先に感じる女の感触がパーシヴァルの頭の中をかき乱し、赤面さえさせた。こと戦場に出れば勇猛苛烈に戦うくせに、触れればどうしてこうも柔いのだ。
 パーシヴァルは正直言ってそれほど女慣れをしていない。王子として寵愛されて育った環境では、悪い虫どころか令嬢と知り合う機会もそう多くはなかった。
 卑怯だ、とすら思う。
 団員や団長の前では決して見せない顔を惜しげもなく見せる女。自分しか頼りのない相手。それをいとも簡単に喜んでしまう己が情けなくて堪らなかった。
 
「ああ、ああ、分かった。追い出しはせん、好きなだけここにいろ!」
「パーシヴァル!」

 観念して髪の毛をかき乱した男に、ぱっと顔を明るくしたアンリが体を持ち上げ、すぐに力を失ってベッドに再び倒れた。細く息を吐く姿はやはり覇気がない。思い通りにならないことが屈辱でも心配なものは心配なのか、パーシヴァルはそっとベッドに膝をついて顔を覗き込む。
 アンリは億劫げに腕を上げながら、パーシヴァルの艶のある赤い髪を愛おしそうに撫でる。たまに彼女がこうして子を慈しむような仕草をするとき、パーシヴァルはまるで自分が少年の頃に戻ったような気分になった。

「ここに来て良かった」

 それは、彼の元へか。
 それともこの騎空団のことなのか。
 問いただす前に金色は閉じられ、穏やかな寝息が部屋に落ちた。滑り落ちかけた腕を受け止め、パーシヴァルはしばらくその寝顔を見つめる。一度だけアンリの名を呼ぼうと思ったが、何も言わずにふっとランプの炎を消した。








Back


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -