隣人の葬儀が終わった。
 藤村家には葬式が珍しくない。といっても物騒な理由ではなく、単純に構成している組員が多いせいだった。後見人も親戚もいない子の父親が死んだとあって、藤村の祖父が喪主を務めたのは自然な運びだったといえよう。
 大河はよく泣いた。彼女は「憧れのお兄さん」の急死に全身で嘆き悲しんでいて、得体の知れない隣人と親交がなかった参列者でさえつられて涙ぐんだほどだ。それでも、普通の葬式よりは人もまばらで寂しいのは確かだったが。

「……いい葬式だったな」

 衛宮家の古い武家屋敷は隅から隅まで丁寧に磨かれ、線香がすがすがしく染みわたっている。からりと干された座布団に、少しもほこりっぽくない畳。人が死ぬのにいいも何もない気もするが、家主が精いっぱい走り回ったであろうことが感じ取れたからだ。
 その家主も今は姿がみえない。
 他の雑用は藤村組の若い衆が引き受けて、彼はお菓子でも食べていろと放り出されたのは見ていた。あれからどこへ行ったのだろう。煙草をブリキの吸い殻入れに入れ、屋敷をあとにする。

「士郎ー?」

 道場と離れも回ってみたが見つからなかった。こんな広い家に子供一人で、いったいどうするのだろう。ぼんやりと考えながら土蔵の前まで来て扉を開けると、後ろから跳ねるような元気な声が背中を叩いた。

「アニキ! 士郎見なかったー?!」
「こっちにはいねーみたいよ」

 首だけ振り返り、あくびをしながら新しい煙草に火をつける。それで手伝う気がないと分かったのか、大河は呆れ顔でポニーテールを翻し去っていった。
 土蔵に入り、後ろ手で扉を閉める。壁の上部にある石造りの窓からの明かりが、うっすらと紫煙を照らしていた。土ぼこりを被った床にぺたりと尻をつけて座る。先客が顔を上げた瞬間、ぎくりと妙なほころびを覚えた。
 士郎は―――泣いていない。詰まって何年もそのままの水道管みたいに、瞳がからからに乾いていた。

「藤ねぇには言わないで」
「わかってるよ」

 なんとか声が引っかからずに返すことができた。左手で頭をやや乱暴に撫でるとあたりに煙草のにおいがする。士郎は昔から煙も匂いも嫌がらなかったが、その理由が今になってわかった。彼にとってタバコは留守がちな父親の面影みたいなものなのだろう。
 妹の大河は素直すぎる子だったから、子供はそんなものかと思っていた。自分がかつてそうだったことも忘れていた。慕っていた父親が死んで、ひとつも泣けないほうがよっぽど深刻だというのに。

「まあ、おまえも男のコだし、姉ちゃんには言えないこともあるだろ」
「……うん」
「そーいうときは俺に言ってこい」

 誰にも言わないからさ。
 少し悪い笑顔で言うと、士郎はぱちぱちと大きい目を瞬きさせた。父親が保護者で、姉が小さな母親なら、兄は共犯者だろう。最後は味方でいてくれる、一番身近な相棒だ。男兄弟ってものはそうだと聞く。
 士郎はうん、と小さく言った。行き場をなくしたような寂しい横顔。目は相変わらず乾いたままだったが、声がわずかに湿っている。それが堪らなくて、ついまた頭をぐりぐりと撫でた。開いた穴は塞げない。それでも聞き分けのいい子供がただの子供でいられる場所が、ひとつくらい作ってやりたい。誰だってずっと子供のままではいられないのだから。

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