03:思い出の骸



じりじりと照りつける太陽、高い空、寄せては返す波の音。
何度目かの奇妙な感覚から開放され、勢いよく尻餅をついたのは、紛れもなくいつもの海辺だった。

ただいつもと違うのは、遠くの砂浜が不自然に歪んで見えることと、鳥たちがやけに静かなことだ。
目を凝らしてみると、なにか大きな衝撃が加えられたのか、砂浜が大きく陥没している。
そしてその少し手前に、ポツンと白い点があった。それが翼を折られ不自然な形になり息絶えたカモメだと気付き、私は思わず息を呑んだ。

「お前は襲撃に巻き込まれたのだ」

状況を把握しきれない私の混乱を知ってか知らずか、すぐ背後から低い声が語る。
それから犯罪者集団だの暁だの、耳慣れない言葉が矢継ぎ早に並べ立てられても、ただただ頭を通り抜けていくばかりだ。

「あのときオレはお前に幻術をかけた。解るか?」

「………あのとき…ここで…?」

「それもだが。その後だ」

「…………」

捕らわれ気を失ったと思ったのは、どうやらコイツの幻術だったらしい。
ついでに“その後”、というのは恐らく。あの暗闇の中でのことを指しているのだろう。

「少しお前を弱らせるつもりが、案外早かったな。まだ数時間も経っていない」

ざりざりと数歩砂を踏みしだき、私の前に立った男の足元には、確かに、見覚えのある文字があった。
トビ、そして名無子と書かれた二人分の名前。傘。寸分違わず残っている。

「……なんで……」

もはや怒り出す気力もなかった。それでも、理不尽な目に遭わされた理由くらいは知りたかった。

海の向こうでも見ているのか、私に背を向けている男は、しばらく黙っていた。
絶え間なく砂を浚っていく波音が何度繰り返された頃か、徐ろに、男は右手を自分の顔にやった。

「………?」

そして振り向いたとき、男の顔にはあの特徴的な仮面はなかった。

一番に目を引くのは、顔の半分を占める深い皺。全体的な顔立ちからして、なにか怪我の痕なのか、はたまた病の類か。尻餅をついたままの私を見下ろす目線は鋭く、眉根がきつく寄せられている。

「分からないか……名無子…」

その口から発せられた声が聞き覚えのないものだったから、余計に混乱した。

男はなにも答えない私に痺れを切らしたのか、再び背中を向けると、少し身を屈める。一体なにをしているのだろう、黙って見守るが、男はすぐに立ち上がりこちらへ振り向いた。

意味ありげに男が足先で示したのは、先程も見た、朝コイツが書き付けたトビと名無子の文字。それがなんだ、と思いよく見てみると、どこか違和感がある。そう、トビの字の下に一文字付け足されている。

“トビオ”。
どう見ても、そうとしか読めない。隣の名無子の字は先程までとなんの違いもないし、意味が分からない。分からないなりに、何度か頭の中で“トビオ”という言葉を唱え、噛み砕こうとする。

「…………、」

一瞬引っかかりを感じ、歯車が噛み合い始めると、全身に激流が押し寄せてくるようだった。

まさか、と縋るような思いで見つめた影のある顔。
そんなわけがないと否定しながら、記憶の中の面影が重なるのを止められなかった。





元々私は、木ノ葉隠れの里にそれほど縁もない存在だったから、幼い頃少なからず疎外感を感じることがあった。
祖父母が亡くなってからは特に、一人きりの肉親だった母が家計を回すために働き詰めだったから、そんな境遇里内で珍しくはなかったはずなのに、私はよく塞ぎこんでひとりで過ごしていた。

そんな私に、明るく声をかけてくれて、一緒に修行したり、遊びに誘ってくれたりしたのが、リンだった。

リンは私より年上だったけど、面倒見がよくて、いつも私を気にかけてくれていた。
リンのおかげで色んな子と話せるようになったし、里のこともあれこれ教えてくれた。
彼女と過ごしていると世界が広がっていくようで、私はそんなリンが大好きで、羨ましくもあった。

私もリンみたいになりたい。

幼いながらも憧れの眼差しを注いでいた私が、もう一人、自分と似たような存在がいると気が付くのに、然程時間はかからなかった。リンは可愛いし優しいし、みんなに好意を持たれていたと思うけど、中でも一際、目立った存在。





「――オビト……?」

今目の前で、漆黒のマントを身に纏い、橙の面を手にしたこの男が。
私の言葉に静かに顎を引き、肯定の意を示した男が、あの彼だとは信じられなかった。

だって、オビトは、うちはオビトは死んだのだ。

忘れたくても忘れられない。何度も何度も、もういっそ忘れたいと思ったけど、彼の死は私たちに重くのしかかった。

その彼がなんで、生きているなんて。
その上別人として姿を現して、わけの分からないことを言ったり、私に幻術をかけるだとか、なにがなんだか。

ただひとつ、この男がしきりに私のペンダントに手を伸ばしていたことを思い出す。

「……オビト……あなた……」

リンがくれた、思い出のペンダント。胸元のそれをきつく握り締めていると不意に、乱暴に胸倉を掴まれた。

「――っ?」

驚いて目を上げると、あの真っ赤な瞳がまた、射抜くようにこちらを見ている。
勾玉のような黒い紋様が鋭く刃のように広がると、一面に広がる赤色へ、また意識が吸い込まれた。



(2015/03/27)


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