00:海辺にて



ふわり、熱すぎない暖かみを纏った微風が、潮の匂いとともにカモメの鳴き声を運んでくる。
さらさらと白いカーテンが揺れている、そこではじめて、自分が窓を開けっ放しで寝てしまったのだと気がついた。

「母さん、おはよう」

ベッドの脇、写真立ての中で穏やかに微笑んでいる母へ呼びかける。
こんな一人暮らしの女が、窓も閉めずに夜寝ていたなんて、流石に知られたら怒るかな。
でもこの辺りには滅多に人は来ないじゃない、ましてや夜になんて、誰も来やしないわ。

そう言ったら目くじらを立てる顔がすぐに思い浮かぶ、ねえ、母さん、母さんはもう、いないのにね。

「そろそろ起きなきゃ」

うんと背伸びをして、ベッドから起き上がる。
この広すぎず狭すぎない家で一人暮らしをするようになって、独り言が増えた気がする。


私はこの、両親が遺してくれた海辺のコテージで、一人暮らしをしている。
父は私が物心つく前に亡くなっていて、写真も残っていないから、ほとんど知らない。

ただ、父も母も、忍だった。
母さんが教えてくれたことには、父は国々を渡り歩き行商をしていたそうで、それで母と巡り会ったのだそうだ。

しばらく父と母は二人で商いをしていたのだけど、母さんが私を身篭ったのをきっかけに、ある忍里に落ち着いた。
それが、私が幼少期を過ごした、木ノ葉隠れの里だった。

もともと母の両親、私からみて母方の祖父母が木ノ葉の出身だったから、それを頼ってのことだったそうだけど、そうなると当然、私自身も生まれたときから忍として育てられた。決して優秀とは言えなかった私だけど、なんだかんだで不自由なく生活できたのは、祖父母と母のおかげだと思う。父親がいないことで寂しく思う日もあったけど、里の中を見回してみれば、私なんて幸福すぎて、そんな泣き言言ってられないと、幼心に自分を戒めた。

「今頃みんな、どうしてるかな」

軽い日除けの上着を羽織りながら、幼い日の面影に思いを馳せた。



***



潮風がとても気持ちいい。
どこまでも広がる青い空に、いくつか千切れた雲が漂っている。

なだらかな弧を描く海岸線には、幾重にも波が打ち寄せ、砂浜に白いさざ波をたてていた。
その波が砂浜を少しだけ削っては、透き通った水の中、さらさらと砂粒を踊らせまた海へと帰ってゆく。

一年中温暖な気候のこの辺りは、季節を問わずこんな光景が見られる。
時たま日差しが眩しいくらいでかなり過ごしやすい場所なのだけど、いかんせん田舎すぎる、海しかない。

だが私にとってはそれも有難いことだ、この海も空も、砂浜も、いつまで見ていても飽きない、それこそ一日中一人でぼうっと見つめていても飽きないくらい、とても綺麗だ。ただ一人で思いに耽りながら、何もかもを忘れられる気がする、そしてそんな私を、ただ黙って受け入れてくれる気がする、だから私はこの場所が好き。

たまに海岸に流れ着く様々な漂流物を物色するのもなかなか楽しいものだ。

先日、コテージからだいぶ離れたあたりに、かなり大きな流木が流れ着いたのだが、それがなんとなく気に入っていた。
空洞になった中に砂が流れ込んでいて、覗きこんでみると、小さなカニやら何やらが顔を出していたりする。
とりあえずその流木のあるあたりまで散策するというのが近頃日課になりつつあった。

なにしろ毎日暇なのだ、時間が有り余っているくらい。
何を隠そう私は労働もせず、親の遺産で悠々自適な生活を送っている、だからすることがない。
以前は何度か、人里まで出向いて賃仕事を請け負っていたこともあったのだけど、やめてしまった。


それにしても、今日はなんとなく、カモメがうるさい。そう思って砂浜に足跡をつけていた歩みを止める。
空を見上げると、忙しなく白い羽が行き交っている。
そのまま飛んで行く背中を目で追っていると、ふと視界の片隅、自分が出てきたコテージの方に、何やら近づいて来るのが見えた。

「……人影?」

こんな所に、珍しい。
しかし明らかに、私の家に向かって、意志を持って進んで来ているように見えるのだけど、一体何事だろう。
まさか私に用のある人物なんているのだろうか。

分からないが、ともかく私は、一度引き返すことにした。

これから自分に、何が待ち受けているのか、知らないまま。




(2015/02/22)


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