November Snow
「あれ…カカシさん?」
どこかで見たことのある銀髪。思わず声をかけると、やっぱり見覚えのある顔が振り向いた。
「…名無子ちゃん?」
大学の構内で再会した、懐かしい顔。立ち話もなんだし、ちょうどカカシさんはこれから昼食だということで、二人で学食に入った。
「いやあ、懐かしいね」
「ほんとお久しぶりですねー…それにしても、なんでカカシさんはここに?」
彼は中学校でもきっての天才だった。先生たちにも持て囃されていた通り、他の生徒が及びもつかないような超難関高校への進学を決め、それから先はちょっと雲の上の人のようになってしまった。彼は同級生の間でもよく話題にされていたから、大学も遠くの某難関大に入ったと聞いていた。そのうえ飛び級したとかしなかったとか。
「いや、今オレの所属している院の研究室が、この大学の研究室と合同研究することになってね」
なるほど。だからカカシさんがこんなところにいたのか。
そもそもそんな遠い存在であったカカシさんと私を結びつけたのは、オビトだった。
カカシさんはオビトと同級生だった。二人はしょっちゅう喧嘩してたけど、なんやかんやでよく一緒にいた。だからオビトと仲の良かった私も自然と顔見知りになって、それなりに親しい仲になった。
「にしても、最後に会ったのはもう何年前だっけ?」
「えーと…中学校卒業した頃ですよね、」
そう、確か、高校合格が無事に決まって、お祝いしたんだっけ。私が、カカシさんと、オビトを。
「あのときはオビトもいて三人でしたよね」
その名前を口にした瞬間、カカシさんが少し眉を顰めたのに、私は気付かなかった。いい機会だから、オビトのことを聞いてみようと思った。
「オビトって今どうしてるんですかね?」
「…そっか…名無子ちゃん、オビトのこと聞いてなかったのか」
顔を少し背けたカカシさん。それだけで、なにかよくないことがあったのだと分かってしまった。
「高校のときに交通事故に巻き込まれて…重体で、大手術をして一命は取り留めたらしいんだが。それから遠方の親戚に引き取られたとかで、実はオレも大分前から音信不通なんだよ」
うまく、話が呑み込めなかった。黙りこくってしまった私をカカシさんは気遣ってくれた。
「すまない…こんな風に話すべきじゃなかったな…」
「い、え、あの……教えてくださってありがとうございます」
カカシさんは私がオビトのことを好きだったと知っている数少ない人物だった。
そして因果なことに、オビトの好いていたリンちゃんの思い人こそ、このカカシさんだった。
それからは、頭がぼうっとしたようで上の空になってしまって、よく覚えていない。そんな私をカカシさんはよくフォローしてくれて、少ししか年は違わないのに、すごく大人に見えた。
「しばらくはこっちに滞在する予定だから」
帰り際、「何かあったら連絡して、力になるよ」と言われ、連絡先を交換した。
私はありがとうございます、と力なく微笑んで、カカシさんと別れ、家路についた。
***
帰り道。めっきり冷え込んだ空を見上げると、ちらちらと白が舞っていた。
この間から雨がぼたぼたし始めたからまさか、とは思っていたけれど、本当にもうそんな季節か。
11月も終わりの灰色の空に、はらはらと初雪がちらついていた。
鞄に常備してある折りたたみ傘を開き、ひとりとぼとぼと家へ帰る。
今目に映る景色と同じで、私の心も灰色と白に埋まってしまったようだった。
「名無子ちゃーんっ!」
そんな静けさを打ち破る、明るい声。
「トビくん…っ!」
後ろから駆けよって来たのは、見紛うことのないトビくん。
「今帰り?よかったら送ってくよ!」
「うん、ありがとう」
そこでふと、トビくんが傘をさしていないのに気が付き、一瞬迷った。迷ったのち、自分の傘を少し上に掲げた。
「トビくん、入りなよ」
声が震えていないか、ちょっと心配だった。だってそれはつまり、所謂相合傘だったから。
「えっいいの?ありがとねーじゃあお邪魔します!」
躊躇いなく入ってきたトビくんに、自分だけがドキドキしている気がして恥ずかしくなる。
にしても、トビくんは私より結構背が高いから、傘を持つ手がしんどい。
「あ、ごめん、ボクが持つよ」
それを察してくれたのか、トビくんは私の手から傘を奪った。
日に日に募るトビくんへの想い、胸に引っかかっているオビトのこと、そして9月に見た黒い傘の人――。
全てがぐちゃぐちゃになって、混じり合って、頭の中が妙な興奮状態みたいだった。
そうして家に帰るまで二人で歩いた時間は、短いような、長いような、不思議な時間だった。
◎ November Snow
***
「じゃあ、またね」
名無子と別れ、そのまま折りたたみ傘を持たされ自分のアパートへ帰る。
ほど近いそこへ辿り着きドアノブに手をかけると、なぜだかロックがかかっていない。
思い当るところに一瞬眉を上げるが、そのままドアを開け中に入る。
案の定、奥の自室からは明かりが漏れていた。
一先ず借りた紺色の折りたたみ傘を、玄関の自分の真黒い傘の隣に立てかける。
「おい、遅かったな、オビト」
まるで自分が家主だと言わんばかりに仰々しくふんぞり返った男が、ソファに坐してオレを迎えた。
「何の用だ…マダラ」
雪で湿った仮面を外し、目の前の男をねめつける。
「なんだ、わざわざ様子を見に来てやったのに、随分な物言いだな」
この男が来ると碌な事がない。
存在を無視して黙々と荷物を下ろし、上着を脱いで洗面台へ行こうとすると、クツクツと笑い声が上がる。
「学生ごっこは随分と楽しそうだな?オビトよ」
そうして組んでいた脚を解き立ち上がったかと思うと、ずかずかと玄関へ闊歩し、一度ギロリと振り返る。
「だが、忘れるなよ」
わざわざそう、釘を刺すためにやって来たのだろうか、あの男は。
蛇口をひねり冷たい水に手を晒すと、顔を上げ鏡に映る自分の顔を見つめる。
顔の半分はあのときの傷が醜く痕を残し歪んでいる。
そう、あの日から、オレの世界は変わってしまった。
生死の境を彷徨い、目覚めた先で、マダラに出会った。
それから歩いてきた世界は、ひたすらに暗く、淀んだ世界だった。
それでも今、昔自分が見ていた輝かしい世界が、まだどこかにあるのだと確かめたいのかもしれない。
だからこそ、一度は棄てようとしたこの世界に、名無子のところに戻って来たのかもしれない。
自問自答をしてみても、自分の中にすら、明確な答は見つからなかった。
(2014/12/19)