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いつものように二人連れ立ってやって来た、薄暗く湿ったアジトの中、橙の仮面の下で男は考えていた。


元々名無子に――あの一族に目を付けていたのは、“本物の”うちはマダラだった。
マダラは生前、輪廻眼の宿主として長門、すなわち後のペインを見出したが、このとき同時に、種々様々な分野において、将来有用そうな人材を古今東西探し求めた。

そして中でも、“写輪眼に適正がある”と見なされたとある一族、それこそが名無子の一族だった。

“こやつ等をうまく使え”、マダラがそう残したリストから幾人かを選び出し、暁に引き入れた。そして件の一族の中で折よく成長していた名無子も、その一員となった。

しかし実際、能力にしても適正にしても、他にいくらでも優秀な一族、忍はいた。そんな中から何故名無子を選び出したのか、勿論、医療忍術を扱えるという点も評価はしていたが、何より自分が重視したのは、“御し易さ”だった。


名無子はむしろ平凡な忍だった。優れているとされた一族の中でも取り立てた部分もなく日陰者、かといって里の中でも一族の生業のせいで爪弾きにされる。あっさりと暁への勧誘に引っ掛かったのも無理はない。

一方で名無子は、幼い頃から心身共に人の惨い面に晒されて、それでも尚叩き込まれた自分の能力に縋る気持ちと、自衛の手段として、“何事にも流される”処世術を育てていった。

名無子のその性質は男にとって都合が良かった。
どんなときもたおやかにしなり流れに身を任せる、そうして自分を守る名無子の生き方は、言ってしまえば好きな色に染め上げるのにこれ以上ないくらい都合が良かった。


現に名無子がどれだけ自分の思い通りに動いてきたか、そう振り返るだけで、男は腹の底から不気味な哄笑が漏れそうになる。

飴と鞭を使い分けて、“トビ”というありもしない幻想に依存させた。
それが偽りだったと知った今でも、“お前が必要だ”、そんな陳腐な呪縛に縋りついて、そこにまだ愛があるのだと思い込もうとしている。

それにしても、と男は思う。

あの“恋人ごっこ”は中々に愉快だった、下らない恋愛ごっこは滑稽で反吐が出そうだったが、それにしても健気に自分の思い通りに動いていた名無子は哀れで仕方がなかった。ある意味愛しささえ覚えた。

そこまで考えて、男は思わずク、と喉を鳴らす。

――愛しさ?愛なんて馬鹿馬鹿しい、名無子がどれだけ自分を愛そうとも、愛の見返りなど一欠片もない。

名無子との繋がりを強めるため身体の関係を持たせた日にも、疲れ眠る名無子の横で、自分は淡々と“計画”に頭を巡らせた。

そうだ、「分かるか?」と、いっそ手酷く叩き付けてやりたい、男はそんな衝動に駆られる瞬間がある。

お前の傍にいたのも、愛していると囁いたのも、ベッドの上で狂ったように腰をぶつけたのも、全部、全部お前じゃない、“リン”のためなのだと、思い切り叫び出したくなる。

そうしたらお前は絶望するのだろうか、だが、ああ、男は自嘲する、そもそも名無子から向けられた愛は自分が仕向けたものなのだ。謂わば中身のない、それこそ自分と変わらない偽物の愛なのだ。だから互いに詫びることなどないだろう。馬鹿馬鹿しい、そこで男は取り留めもない雑念を振り払って、名無子に呼びかけた。


「名無子、そろそろ頃合いだ」

これまで名無子に柱間細胞や写輪眼について教え込んできた、そろそろ次の段階へ進んでもいいだろう。

そうして名無子を横たわらせた、男はしかし、気付かない。

自分がこれまで会ってきたどんな女も、それこそ褥を共にした女も、決してあの“リン”と並べ比したことなど、一度もなかったということに。

そしてまた、互いの愛が偽りなのだと、それこそまるで縋るかのように、何度も何度も確認している自分がいることに。



***



「お前に写輪眼を移植する」

そう彼が私に言ったときも、別段驚くことはなかった。だから黙って頷き彼に身を任せた。「最初は瞳力が弱いやつだ、」そう言ってぷかぷか瓶に浮かぶ目玉を差し出してきたのを、ぼんやりと見つめる。

なんで私はこんなところにいるんだろう、ふと不思議に思う。

私が好き合っていたと思っていた、トビは偽りで、あの日から私たちの関係はすっかり変わってしまった。それなのに私はいつまでもこの人から離れられずにいる、熱い肌を重ねる度に思う、未だに素顔を見せもしない相手なのに、自分で呆れる。


不意に、視界が真っ暗になった。

「はじめるぞ」

ああ、ちゃんとうまくいけばいいな。そこでぷつりと、意識は途切れた。



***



真っ白な闇に包まれていた。

熱い。かと思ったら、今度は猛烈に冷たい。
でもやっぱり熱い、煮え滾るような熱い奔流が眼窩を、脳を烈しく巡って、沸騰しているみたいに。

やがてその熱は全身に広がっていって、足の指先まで届き、ふつふつと私を満たす。

それにしても熱い、もう全て溶けてしまいそう、そう思った瞬間には私は地面に立っていた。


地面?いや、確かにそう、ここはどこだろう?分からない。そもそも私はどこにいたんだっけ?

立ち並ぶ家並み、どこかの里だろうか。視線を巡らせてみると、遠くに巨大な人の顔が彫られた岩が見えた。

ああ、そう、なんとなく覚えがある、あれは木ノ葉隠れの有名な顔岩。ということはここは木ノ葉の里なんだろう。それにしても、あの大きな顔、私が知っているのより少ない気がするのは、気のせいかな。

もう一度よくそれを確認しようとした、はずなのになぜだろう、私の足は勝手に別の方向へ歩きだした。あれ、おかしいな、頭ではそう思うのに、足は勝手に進むし、視界もきょろきょろと思い通りにいかない。

それにしてもなんだろう、さっきから建物の端々になにか既視感がある。

ああ、そうだ、あのマーク。団扇みたいなあのマークは、うちは一族のシンボル。アジトでも何度か見た。

けれども視界はどんどん移り変わっていって、あのマークは一つもなくなってしまった。

そのままどれくらい歩いただろう。


『悪りぃリンっ!遅くなって!』

勢いよく駆け抜けていく男の子、あれ、背中にあの団扇のマークがついている。それになんだか、見覚えのある後ろ姿。

『オビト!』

ぱぁっと明るい笑顔の女の子。駆け寄った男の子は、傍目から見て分かるくらい頬を赤くしている。そのまま二人は連れ添ってどこかへ歩いて行く、微笑ましい光景。


そう、微笑ましい光景、の、はずなのに。どうして。まるで胸が突き刺されたみたいに、痛い。

“オビト”。去っていく後ろ姿、ああ、なんで、苦しい。



呻きそうになっていると、急に視界が暗くなった。

いいや違う、空がすっかり暗くなって、いつの間にか夜が訪れていた。
見上げた夜空には、ぽっかりと大きな月が浮かんでいる。いつもは美しいと思うそれが、なぜだか赤く不気味に見える。


はあっ、それにしても息が上がる、やけに目まぐるしいと思ったら、私はどこかを駆けていた。通り過ぎた建物にあの団扇が描かれている、よく見るとまた、あの団扇だらけの景色だ。

足が縺れたと思ったら進めなくなって、つんのめるようにして地面に倒れた。立ち上がることもできない、なんとなく嫌な感触を覚えて足を見ると、そこは真っ赤に濡れている。

一体なに、混乱する頭に反して視界は勝手に上を向く。

倒れ込んだ私の前に覆い被さるように、誰かが立っていた。大きな月を背に背負って、逆光でよく見えない。けれどそう、いつかどこかで見たことのある赤い眼が二つ、真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。

すらりと、月光を受けて輝いた白刃が、振り下ろされる、一直線に、私の、



「あああアアァッ!!」

ガシャンッ! 何かが割れている、

「熱いっ!熱いのッ助けてぇッ!」

目を掻き毟る、熱い、熱くて堪らない、どうにかなりそう、覆われていて触れない、熱いの、

「落ち着け」

振り上げた腕を軋むくらいに掴まれる、でも熱いのは止まらない、熱い、助けて、我武者羅に手を振り払う、

「名無子……落ち着け…」

ああ、カッと、急に視界が開けて、眩しい光が飛び込んでくる、そしてさっきとは違う模様の、赤い眼が二つ。

ぐらぐら揺れている、いいや回っている?
分からない、全部、熱いのも、怖いのも、全部、分からない。



***



ぴちゃん。

遠くて水滴の音がする。


ぴちゃん。

もう一度。


そして私は、瞼を開けた。視界はなにかで覆われている。
ぼうっとする頭のまま、そのなにかを剥ぎ取ると、手の中には包帯が落ちた。

そのままぐるりと目を巡らせる、少し離れた棚の前に、見慣れた後ろ姿が立っている。ああ、そうだ、さっきも見た。


「気がついたか」

彼が振り向く、けれど思っていたのとは違う、いつものあのぐるぐるの仮面がない。見覚えのない顔。でもそうだ、その真っ赤な眼、その写輪眼はついさっき見た気がする。

「気分はどうだ」

あれ、そう言えば、前からこんな声だっけ。なんとなく懐かしい声だ、そう思って更に近寄って来る彼を見つめていると、なんだ、やっぱり、その顔も見覚えがあるじゃないか、さっきも見たんだ、その顔。


「……オビト」


確かそんな風に呼ばれていた、無意識のうちに口から零れる。

なんとなく安心した、そう思って顔を緩ませる、なのに、一拍遅れて、あなたは目を見開いた。



(2015/01/09)


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