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薄暗くて、無駄に広いだけの、洞穴のようなアジト。
“暁”は各所にアジトを持っているが、ここはその中でも僻地にあたり、半ば倉庫のように使われている。

リーダーからはじめて直々に指名されて、暁の下っ端その1、といったポジションだった名無子は縮み上がった。
確かに、能力を買われてこの集団に入った、しかしいざ他のメンバーを見てみると、とても自分が必要とされる余地はなさそうな気がしていた。

そんな中、組んでほしい人物がいる、と呼び出されて、一体どんなとんでもない人が来るのかと戦々恐々としていた名無子を、予想とは違った、でもこれはこれでとんでもない出で立ちの人物が迎えた。

「名無子さんっスね!これからよろしく!」

「よ、よろしくお願いします……」

眼前で握手を求めてくるのは、オレンジ色の、渦巻き仮面。名無子は、差し出された手を、ぎこちなく握った。



***



トビ、と名乗った男と名無子は、しばらくツーマンセルで任務に駆り出されることとなった。

トビは名無子と同じく暁の下っ端メンバーだが、欠員が出た場合所謂“一軍”に昇格される筆頭候補で、近々それも現実になる予定――、らしい。道すがら、やかましいくらいの勢いで本人が語った。

最初はそのテンションに圧倒された名無子も、他の暁メンバーの前ではどちらか言うと竦み上がってばかりだったものだから、ふざけ合えるようなトビのその軽いノリがいつしか心地よくなっていった。


「ね、名無子さんは医療忍術が得意なんスよね?」

「ん、まあね」

「結構有名な一族の出だとか聞きましたけど」

どこで聞いたのだろう、あまり尋ねられたくない過去だった。

「そう言っても…あまり褒められたものでもないから」

里でも嫌われていたし、そこまで溢しそうになって、ぐっと口を噤む。
そのままだんまりしていると、トビもそれ以上は詮索してこなかった。いつもはあんなに騒がしいのに、トビはたまにこうやって距離感を測るような、不思議な間を置くことがある、名無子はそんな気がしていた。



数日後、軽い任務をこなした後で、いつになく真面目な空気でトビは切り出した。

「名無子さん、実はこれから、お願いしたいことがあるんです…」

それからトビはこう言った、“名無子さんのその腕を見込んで、リーダーから直々の任務です”。

そんな風に言われたら、断れるわけもない。けれど、トビは何度も確認するように言葉を重ねた。

「今までより厳しい仕事になるかもしれません。でも名無子さんを信頼しているから任せたいと…」

力強くとまではいかずとも、確かに顎を引いた名無子を見て、トビも一度頷いてみせた。

「それじゃっ、これから名無子さんを目的地まで無事送り届けるのがボクの任務っス!」



そうして、トビに連れられてやって来たアジト。
入口に立っただけで、中から肌寒い空気と、湿った嫌な風が吹き抜けるのを感じる。

ただのアジトにしては、異様なほど厳重なトラップや結界の数だった。
そもそも名無子は、こんな場所にアジトがあるなんて全く知らなかった。単純に、下っ端だから知らなかっただけかもしれないけど――心の中でひっそりと呟く。

一体自分はここでなにをさせられるのだろう、名無子が立ち竦んでいると、トビは

「名無子さん、すみません、ボクはここまでです。ここからはひとりで進んでください」

などと不安を煽るようなことを言うものだから、思わず唾を飲み込んだ。
進んでください、と言われても、中の構造すら知らないし、それに、帰りはどうするの。縋るように見つめる名無子の視線に、トビはポン、と頭を撫でる。

「大丈夫、中は一本道っス。帰りもここで待ち合わせましょう」

緊張を察しそれを一つずつ解すようなトビの気遣いに、名無子はきゅっと口を結んで、意を決した。



トビの言葉通り、薄暗いアジトの中は、細い一本道が続いていた。途中、得体の知れないオブジェや怪しげな魔方陣を壁に見つけて、びくびくしながらも名無子は奥へ進む。

ふと、突き当りが見えてきたところで、記憶の底を刺激するような、嫌な臭いが鼻をついた。

間違いようのないそれに、名無子は、今から自分がさせられるであろう“任務”の内容を漠然と悟った。

逃げ出したいとも思った、けれど元はと言えばそう、自分はその価値を見出されて暁に招かれたんだ、だから行くしかない。諦めと、どこか吹っ切れた心境で、奥に現れた重苦しい鉄の扉を一気に開く。



“死体弄り”。

名無子の一族が里で忌み嫌われ、石を投げられた、その理由。
大きな里では、裏で当然の如く行われているその行為も、辺境の小さな里では呪わしい行為と後ろ指を指された。里中のそれを一手に引き受けていた名無子の一族は、頼られる一方で、表でも裏でもいい顔はされなかった。

押し開いた扉の奥の部屋、その濁った空気に包まれて、“やはりそうなのか、”と覚悟を決めた、けれど、一歩、二歩、室内へ足を踏み入れ、名無子は絶句した。


中は、手探りで進んできた通路に比べ、どこか淀んだ明るさに照らし出されている。

部屋の隅の棚には、空の薬瓶が大量に置かれていて、中には見たことのない奇妙な液体で満たされたものもあった。中央には明かりのついた簡素なテーブルがあり、水の入った盥と、ぞんざいに置かれた刃物が鈍く光を跳ね返している。

そしてなにより、そう、その後ろに、


「――っ、写輪眼…っ?」


言葉にした途端、目に映った光景が急に現実として脳に雪崩れ込んできて、名無子は思わず口を覆った。

壁を覆い尽くすほどの、巨大な水槽。
仕切りで区切られ何十、何百と小分けにされたその一つひとつに、なにか、球体のものが入れられていて、液体の中をぷかぷかと揺らめいていた。

遠目に見た分には、よく分からなかったそれ。
けれども、あと数メートルで手の届きそうな距離まで来て、名無子ははっきりと確信した。

直接対峙したことはなかったが、書物でもよく見かけた。忍なら誰でも知っている、そのどこか美しささえも感じてしまう、勾玉のような瞳の紋様を。


「名無子」

呆然と立ち尽くしていた静寂を破る、低い声。

「誰っ!?」

誰何の声とともに、警戒態勢をとる名無子。声のした方へよくよく目を凝らしてみると、奥はさらに部屋が続いているらしく、どんよりと暗い向こう側から、誰か人影が歩み寄って来た。

「そうだな…あえて名乗るならばそう、“うちはマダラ”だよ」

「うちは…マダラ…?――そんな馬鹿な、」

それはもはや、伝説上の存在。顔を険しくする名無子に、クック、と笑い声が部屋に響く。

「まあオレが誰かなんてどうでもいいことだ……そう、お前にはやってもらわねばならないことがある」

その人影は、ちょうど暗がりから明るみへ出るか出ないかの境界あたりで立ち止る。そうして暗闇の中でもなお爛々と輝く紅の眼光が、名無子を射抜いた。

「写輪眼…!?」

動揺を隠せない名無子に、低く撫でつけるような声が語りかける。

「安心しろ…オレは“暁”…お前の味方だ…」

暁にこんな人物がいたことも知らない、それにこんな唐突に切り出されて信じられるわけがない。混乱しつつも、未だにピンと張り詰めた様子の名無子を、諭すようにその声は続ける。

「考えてもみろ…お前なら分かるだろう、名無子?お前はどうやってここまで来た?」

確かに、と、名無子は振り返って考える。
このアジトには並大抵のことでは部外者は侵入できそうにもなかった。
それになにより、入口まで自分を案内して来たのは、あのトビ。この任務はリーダー肝入りだと言っていた言葉を思い出す。

それでもそんな、と名無子は唇を噛み締めるが、ふと顔を上げて、変わらず自分に注がれている鋭い視線を確認すると、そっと肩の力を抜いた。

(どちらにせよ私ではこの人と戦ってどうこうできそうもない…特にあの写輪眼が本物なら……)

ひとまずここは大人しく従ってみよう、詰めていた息を吐いて、名無子はぎゅっと拳を握った。

「分かりました。私はなにをすればいいのですか?」



***



薄暗い通路を、やって来たときとは逆の方向へ辿りながら、名無子は憔悴しきっていた。
ただ足を前へ踏み出す、そしてここから外へ出る、それ以外のことを考える余裕もなかった。

それなのに、視界に広がる薄闇の中に、ぼんやりと先程までの異様な空間が蘇る。

いくつもの眼球がゆらゆらと揺れては、名無子を見ていた。
そしてただ一点、眩しく照らし出された部屋の中央で、汗の一滴も垂らせず執刀している背中を、暗がりからも赤い眼が見つめていた。


脳裏に纏わりつくその光景を振り払うように、名無子は足を早める。するとだんだんと明かりが差してきて、

「名無子さんっ!」

「…トビ…っ!」

目も眩みそうな光の中で、おかえりなさい!と手を広げているトビの姿に、どっと疲れが押し寄せた。

「わっ、大丈夫っスか名無子さんっ」

思わずそのまま腕の中に飛び込んでしまったが、驚いたトビの声に、名無子もわっと飛び退く。

「ごっ、ごめん思わずっ」

「ハハ、名無子さんならいつだって大歓迎っスよ!」

いつもと変わらないその明るいトビの振舞いは、名無子の息苦しかった時間を吹き飛ばすようだった。

「ねえトビ、」

トビは、今回の私の任務内容知っていたの。
そう言いかけたところで、名無子ははっと口を噤む。

『この任務は極秘…他言無用だ…』

“破ればどうなるか、分かるな?”、最後まではっきりとは姿を見せなかった、あの男の声を思い出す。

「名無子さん?」

心配そうに顔を覗きこんでくるトビ。

「あえ…っと、あ、ごめん、私ちょっと疲れちゃって。どこかで休んでもいい?」

「全然オッケーっスよ!」と笑うトビを前に、名無子は、“やっぱり聞けないよ、”と眉を寄せた。

こんなに明るくて眩しいトビに、余計な心配をさせたくなかった。
それに、今まさに手を引かれている自分のこの手が、つい先程までどんなにおぞましい業を為していたのか、知られたくなかった。

そんな名無子の思いが一体どこからきていたのか、本人が自覚するまでに、そう時間はかからなかった。



(2015/01/03)


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