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はあはあ、二人分の荒い息遣いが交わる。

「ト、ビィッ!…すっきっ…!んっ、」

「名無子…っ」

どこか咎めるような彼の声に、濡れた瞳に、意識ごと揺さぶられながら。

「あ、オビト…オビトっ」

その名を口にした瞬間、あなたが、ふっと微笑んだ気がした。



「トビ、マダラ、…オビト…」

倒れ込んだあなたの腕の中、ふわふわと覚束ない言葉に、「なんだ?」と訝しげな声がかかる。

「ん…いろいろあって、困る……」

割と本心からの言葉だったのに、彼はフ、と笑って私の首元に顔を埋めた。かかる吐息と短髪がくすぐったい。

「…お前は、どれが一番好きだ?」

何気なく口にした言葉だったのに、難しい問題が返ってきて眉を寄せる。
だってあなたは、自分で“誰でもいたくない”と言ったのに、どれが好きかなんて、訊かれても困る。

「分かんない……」

でも、多分、本当は分かってるんだ。そのどれもがあなたで、そんなあなたが好きなんだって。それにしたって、こういう二人きりのときしか呼ばない三つ目の名前は、特別だけれど。


“オビト”

胸の中でひっそりと、愛しさを込めて呼びかける。

心の内で反響する自分の声に、どこか遠くから聞こえる声が混じっている気がした。



***



「はあ……」

どっと疲れが溜息に出る。
慣れないリーダーへの報告は私をガチガチに緊張させた。

「はは、名無子さんお疲れっすね〜」

隣のトビはなんともなさそうにいつも通り笑っている。

長期任務の定期報告。直接会うなんてわけにもいかないから、暁のリーダーことペインの能力で、音声と姿を投影して遠隔で会話する。便利な能力だけど、一体どんな力が働いているのか皆目見当もつかない。底知れない人だと、つくづく思う。

まあそれにしたって、今横にいる怪しい仮面の男は、更にその上をいく存在なのだと思うと、不思議なものだ。

「トビはよくそんなに平気そうだよね…実質なにも成果はありません、なんて報告だったのに」

長い期間をかけたからといって、うまくいくとは限らない。そもそも、私たち二人、つまりその、恋人同士二人組での旅なんて、そんな感じの任務体制でいいのだろうかと、思わなくもないわけで。

しかしリーダーは特に責めるでもなく淡々と報告に耳を傾けていた、それが私にとっては尚更キツかった。

「いいんですよ!ダメならダメで、ずーっと名無子さんと旅ができますし」

“キャーッ!このままどこか遠くへ連れてって!”、自分で自分を抱きしめているトビを見て苦笑いする。こういうところも好きだけど、それはこっちのセリフじゃなかろうか。

でも確かに、こんな風にずっと、いつまでもトビと旅ができたらいいのに。そう願う自分を見つけた。

「ね、名無子さん、一仕事終えたことだし、今日はパーっといい宿にでも泊まりましょうよ!」

このあたりにいい温泉街があるらしいんスよ、そうはしゃぐトビに手を引かれながら、幸せを感じる。


「ねえ、トビ、ずっと傍にいて。離さないで」


この幸せが永遠に続くように、あなたとの日々がいつまでもこの手の中にありますように。

いつの日か同じように願を掛けた、あの白い花飾りが、私の腰のあたりで揺れて、りん、と硝子の透き通った音色をひとつ残した。



第一部 完


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宣言通り、随分とお高そうな宿をとったトビに、これは角都さんが黙ってないだろうな…と一人肝を冷やす。

「わーいふっかふかーっ!」

既に敷いてあった布団に飛び込むトビ。大の大人、男の振舞いとは思えないそれに、思わず頬が緩む。
私も荷物を降ろし、いかにも品の良さそうな座椅子に腰を落ち着けると、二階建ての宿の窓からは、美しい夜の景色が一望できた。

既にすっかり夜の帳が落ちた空の、しんと佇む山の端の遥か向こうに、ぽっかりと大きな満月が浮かんでいる。

薄い黄色にほんの一滴だけ銀を溶かしこんだような円いそれは、見つめていると吸い込まれそうな、どこか遠い世界へと浚われていきそうな錯覚を呼び起こす。


“このまま遠くまで連れてって”、先刻トビがふざけて口にした言葉が、何気なく脳裏を過った。


「私を月まで連れてって」

そうしてぽろり、口から出たそれは、自分ひとりにしか届かない。

ふと、未だに布団で転がっているトビを見遣ると、その後ろに日めくりの暦が掛けてあった。それらしい雰囲気の水墨画風の絵で飾られた暦には、数字の“1”が4つ並んでいる。


「そっか…二人で旅して、もう一月になるんだね」






ゆらゆら ゆらゆら

揺れている――


――なにが?


水面、あの人の瞳。
……いいえ、これは、空。

空、そして、月。


ゆらゆら ゆらゆら

美しい月が揺れている――



(2015/01/01)


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