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「名無子さんッ!」
背後からかかる声に合わせて、せり上がってくる地面を思い切り蹴りつけ、勢いのまま後方へ跳び上がる。
今にも私の身を噛み砕こうと迫ってきた土の顎をかわし印を結ぼうとした瞬間、その獰猛な牙は呆気なく瓦解し元の地面へと還った。
「ふぅ、ありがとう、トビ」
警戒は緩めないまま後ろへ軽く目線をやると、トビが土遁の術者を始末したところだった。
さて、これであとは先程手負いで逃げ出した一人をどうするか。そう思考を巡らせた刹那、
「――ッ」
一直線、彼方から飛来するクナイが目に入る。
反射的に体はそれを回避しようと動くが、
(今これを避けたら…っ)
自分の陰にはトビがいる、こんなただのクナイに当たるはずもないし、当たっても致命傷にはならない、はずなのに、ほんの一瞬の迷いは動きを鈍らせた。
「名無子さん!?」
突き刺さるクナイ。慌てて駆け寄ってくるトビを制しながら、間髪いれず、自分のクナイにチャクラを纏わせ投擲する。
一拍置いて、ドサリ、遠くてなにかが倒れる重い音がした。
「大丈夫…当たってない…」
覗きこんでくるトビに対し、やっと緊張を解きながら、自分の腰に提げていたポーチを示す。ポーチの端には、先程のクナイが突き刺さっていた。
「はぁ…よかった…」
ちょうど自分の忍具を収納していた部分だったので、手裏剣に阻まれそれ以上クナイが進まず助かった。
(こっちも……無事ね…)
すぐ隣のポケットに収まっていた、例のトビからもらった花飾りをチラリと確認する。
いつもはポーチの外側、ちょうど今回クナイが刺さったあたりにつけていたから、危なかった。最近は一応なくさないようにとポーチの中に入れていたのが、こんな風に功を奏すことになるなんて。
「さあ、行こ」
最後に倒れた敵を確認すべく、すぐに二人で歩を進めた。
***
換金所の外でトビを待つ。
先程襲いかかられて返り討ちにした二人組はどうやら賞金首だったらしく、路銀の足しにしようとトビが換金に向かっていた。
私たち二人はしばらく情報収集のため長期任務に就いているわけだが、暁の微妙な財政状況を鑑みるに、もらえるものはもらっておきたいといったところだろうか。
待っている間、あの白い花飾りに傷がないか丹念に確認する。大切なものだから肌身離さず持っていたい、けれどこれ以上こうして危険に晒されてほしくはない、ジレンマだ。
透き通る硝子を日の光に透かして見ながら、その向こうにぼんやりと記憶が甦る。
『あ、名無子さん!大丈夫っスか?』
『トビ…うん、大丈夫、ありがとう』
薄暗く湿ったアジトは息苦しく、あの独特の臭気漂う空間が私は嫌いだった。いつも疲労困憊している私を見かねて、トビはよく気遣ってくれた。
『これが私の仕事だからね』
そう。私は元々平凡な、冴えない忍だった。けれど医療忍術にかけては少々名の聞こえた一族だったから、そこに目をつけられたのか、暁に勧誘され、私はその一員となった。
犯罪者集団に入るなんて、今でも信じられない選択をした気がするけど、少なくとも自分の力を必要とされたのはそれがはじめてだった。それに応えたいという欲求が私にもあった。
そもそもその医療についても、腕があるとはいえ、里でもあまりいい顔はされないような事情があったから、私は案外すんなりとこの生活に溶け込んでいった。
でもそう、まさかあなたが、あのトビがうちは一族だなんて思いもしなかった。
弱ったときにいつも励ましてくれたあなたが、まさかあの――
「名無子さんっ!お待たせしました!」
トビの明るい声に、意識が揺り戻される。
「さて、じゃあ次ですけど…――」
薄汚れた地図を広げる、トビのその橙色の仮面をぼうっと見つめる。今はそこに開いた穴からはなにも見えない。
私は知ってしまった。あの日、トビを、トビじゃない男を。
“何者でもいたくない”、そう語ったあなたを、それでも私は愛した。愛してしまった。それ以上でもそれ以下でもない、ただ私は決めたのだ、あなたにつき従い、あなたのために動き、あなたの望みを叶えると。
「――さん、名無子さんっ?」
「っあ、ごめん、トビ」
少し強めの語調で名前を呼ばれる。
「…もしかして、やっぱり怪我でも、」
「ううんっ、そんなんじゃないの、本当に、ごめんね」
頭を振りながら、手のひらの上にのせていた花飾りをきゅっと握り締める。
「…それ、」
その存在に気付いたのか、トビは私の手ごと花飾りを両手で包み込んだ。
「無事でよかったっス、名無子さんが大事にしてくれたから」
そうして寄り添うように触れたその腕の温かさに、私は彼の胸に顔を埋めた。
(2015/01/01)