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薄暗くて無駄に広いだけの、洞穴みたいなアジト。
『名無子さんっスね!これからよろしく!』
『よ、よろしくお願いします……』
差し出された手を、ぎこちなく握った。
***
「ん……」
肌寒さを感じて目を開ける。隣には身を起こしているオビトがいた。
「すまない。起こしたか」
「ぅうん……」
ぼんやりする意識で目を瞬かせていると、オビトは布団から抜け出して身支度をはじめる。
今日は特にこんな早くから行動する予定はなかったはずだが、私も起きた方がいいのだろうか。そんな思いを見透かしたのか、「お前はまだ寝ていろ、」と声がかかる。
「オレは少し出かけてくる」
まだ覚醒しきらない頭で、私は寂しさを感じたのだろうか。深い意味もなく、彼の気を引こうと言葉が口をついて出た。
「あのね、オビトの夢を見たよ……。私たちが初めて会ったときの夢」
すっかり服を着こんでしまったオビトと目が合う。じっと見つめ合っていると、彼は溜息を吐きながら側へやって来た。
「そんな寂しそうな顔をするな……」
あからさまに顔に出てしまっていただろうか。ああ、眉を寄せている彼もかっこいい。
さらりと大きな手が私の頭を撫でる。そしてそのまま、触れるだけのキスが降ってきた。
一瞬だけ触れ合った唇の柔らかさから、全身へ幸せが広がっていくような気がした。
そんな私の思いはまたもやバレバレだったのか、オビトはフッと笑う。
「分かりやすいヤツだ…」
オビトはきっと知っていてやっているのだ。私がキスに弱いってこと。
「行ってらっしゃい……」
「ああ。すぐ戻る」
離れて行く背を見届けると、私は再び布団に身を預けた。まだ残る体の気だるさから、すぐに浅い眠りが訪れた。
***
――夢の世界で、あなたに会いたい
――そうすればきっと、“現実”であなたが傍にいてくれなくても、寂しくないから
無色透明な硝子細工。所狭しと並んだ一つひとつが、キラリと光を映して光る。
『それ、欲しいんスか?』
『あっトビ』
食い入るように眺め、今ついに手を伸ばそうとした硝子の花。
背後からやって来た腕がそれをひょいと掴む。
『さっきからずーっと見てたでしょ?買ってあげましょうか?』
『えっ、そんな悪いよ…』
『遠慮しないの!ホラ、恋人同士になった記念に?ボクからプレゼントっスよ!』
強引な腕はあっという間に会計を済ませ、さっきまで店に陳列されていた白い花は、私の手のひらの上にあった。
『あの、トビ、ありがとう。大切にするね…』
どういたしまして、そう言って笑ったあなたの声が、木霊する。
早まる鼓動のままに見つめた姿が、滲んで溶け出す。
いつしか歪んだ景色はぐちゃぐちゃに混ざって、融け合って、ゆらゆら揺らぐ私とひとつになった。
***
「――……」
まだ薄暗さの残る部屋で目が覚める。眠りが浅かったせいか、また夢をみていた気がするが、はっきりとは思い出せない。
目を擦りながら起き上る。オビトはまだ戻ってきていない。あれからそんなに時間は経っていないようだ。
そろそろ起きなきゃ、そう思い、自分の荷物に手を伸ばす。腕を通した肌着はひやりと冷たさを纏っていて、思わず身震いした。
ガタリ。
ちょうど身支度を終え一息ついた頃に、物音がして部屋に人影が入って来た。
「トビ、おかえり」
無言で入って来た彼は私を認めるなり、「名無子さんっ!ただいまっス!」と大袈裟にはしゃいでみせた。
「なんだもう準備万端って感じですか?お待たせしちゃいました」
「ううん、ちょうどさっき起きたとこだから、大丈夫だよ」
「ならよかったっス!それじゃ、朝ご飯食べて、さっさと今日のお勤め行きますか!」
「うん!」
(2014/12/08)