(10+3;epilogue)


いつだったか、あの不思議な写輪眼の力で垣間視た木ノ葉隠れの里を、私は初めて実際に訪れていた。遠くにある巨大な火影岩は、あのときよりさらに、もっと言えば私が知っていたのよりさらに増えて、六つ並んでいる。

「ね、カカシさん、には挨拶しなくてよかったの?」

前に教えてもらった、一番右側にいる彼の名をなぞるように口にした。

「馬鹿言え。そんなことできるわけがないだろう」

フン、と少し見下すように言い放つオビトに、思わず苦笑いする。

「まあそりゃそうか…オビト、戦死したことになってたんだもんね」


オビトはあの忍界大戦で死んだ。少なくとも木ノ葉ではそういう扱いになっていると、今日知った。

戦争終結間際に行方を眩ましたオビト。大罪人である彼を人々が野放しにしておくはずもないのだが、彼が言っていたように、最後には力を合わせ戦ったというナルトくんや、カカシさんが気を遣って、手を回してくれたのかもしれない。

「行くぞ」

「もういいの?」

「ああ」

あまりにあっけなく故郷を去ろうとするオビトに、遅れまいとついて行く。

オビトにとって一番大事だった、リンの墓へ花を手向けること、それが無事できたから未練はないのかもしれない。けれども、あの戦いでオビト自身の手で死に至らしめた人々の慰霊碑へは、彼は足さえ向けられなかった。謝れ、詫びろと、そう望む人もいるかもしれない。けどまだ私たちには、その前に立つ資格さえない、その前に立つ勇気さえ、ないのだ。

最後にちら、と、後ろを歩く私を振り返りながら、オビトがすっと顔岩に目を向ける。

その表情を盗み見て、ああ、やっぱり未練がないなんて嘘、この人は本当に情が深いから、そう漠然と感じ取る。そしてまた、そんな“うちはオビト”だからこそ、私は彼を愛する、“トビ”や“マダラ”と、名を変えようとも、ずっと、ずっと。



無限月読の夢から目醒めたあの日。

私は長い間優しい夢に揺られていた。その途中、徐々に薄闇に呑まれ、だんだんと息苦しくなったかと思うと、自分はいつの間にか、見覚えのある草原に横たわっていた。

何が起きたのか、ぼんやり、白く漂う意識の中で、まだ夢は続いているのだと思った。だって、すぐ目の前には、愛するあなたがいて、私を見つめていたんだから。

そして不思議な余韻から覚めて、やけに体が重たく感じたときにも、やっぱりまだ夢の中だと思った。

『名無子、愛してる』

夢の中にしては随分と身形の崩れた彼が、いくつも口付けを降らせる。
自分でも分からないけれど、なぜか、涙が止まらなくなった。幸せだった。彼もまた、滔々と泣いていた。



それが紛れもない現実の出来事だと気付いたとき、そして私が眠っている間いったいなにがあったのか真相を知ったとき、それはもう大混乱なんてものじゃなかったのだけど、それはまた別のお話。

今の私たちは、二人で旅しながら、各地の“暁”のアジトを巡っている。償い、とは違うかもしれないけど、まずは自分たちがしてきたことの後始末からはじめよう、そう決めたのだ。

手始めに私が目覚めたあのアジトを整理し、今度こそ完全に瓦礫の下に葬った。そのとき、オビトが私の元へ持ってきてくれた、あの花飾りの入れられた硝子瓶も、一緒に土へ還した。

『いいのか?』

『うん、いいの。だってこれから、また二人で、探せばいいから』

そうでしょ、と、頷いてくれたオビトの手を握った。

ずっとずっと、大切にしていた花飾り。地面に埋もれる最後の瞬間まで、きらきら、きらきらと、輝いていた。



***



「そろそろ休憩しようよ」

峠を越えたころ、オビトと違ってすぐバテバテになった私は、小さな茶屋を見つけ小躍りする。

「ねえ、ちょっとなにか買って来るから!待ってて!」

なにか言われる前にひとっ走りする。オビトの方はちょっと顔が有名すぎるから、買い物は不味い。そう言い訳しつつ定番のお団子を何本か買って、すぐに彼の元へ戻った。

「ねえ、どれがいい?」

近くにあった適当な岩に二人並んで腰かけながら、買ってきたばかりのお団子を包みから取り出す。

「…そうだな……これにしよう」

オビトは選んだみたらし団子を頬張る。無表情で咀嚼する横顔を、じっと見つめた。

「ごめんね」

「何だ、急に」

「いつもこうやって、付き合ってくれるから」

そうだ、オビトは本当はもうずっと、食べたり飲んだりしていなかった。必要なかった。けれど私が求めれば、応えてくれる。私の勝手な願望に、彼は付き合ってくれる。

「そんな顔をするな」

近づいてきた顔が、柔らかい唇が触れ合う。もう大分慣れたその感触が、離れては合わさる。少し、甘い味がした。

「――ん、オビト、だめだよ、こんなところで」

本格的に侵入しようとしてくるその舌を押し返して、体を強引に離す。赤らんだ私の顔を見て、オビトはフっと笑う。

「ああ、悪かった」

「本当にそう思ってる?許さないよ?」

「……それは困ったな…」

やっぱりあまり困ってなさそうな、悪戯っぽい顔で、オビトは囁く。

「ならどうすれば許してもらえる?」

「ん……じゃあ、ずっと傍にいて」

「――ああ、」

「ずっと、離さないで」

「ああ」

ぎゅ、と抱き合った腕の中、温もりが広がる。

「あとそれとじゃあ、たまには“トビ”になって」

「…………本気か?」

不意に強張った彼の腕に、我慢しきれずぷっと吹き出した。

「あははっ、冗談に決まってるじゃない。でもびっくりした、てっきり即却下されると思ったのに」

「…………」

黙り込んでしまった彼の肩に自分の顎を乗せて、ごめんごめん、と笑い交じりに呟く。まさか、本気だと言ったら、彼はこのとんでもないリクエストに応えてくれたのだろうか。


ふと、彼の肩越しに見る向こう側の景色に、どこか見覚えのある形が目に入る。

「――! ねえ、見て、オビト」

指差すがままに彼も振り返る、そして二人で見た視線の先、茂みの奥に、低い木がひっそりと生えていた。

「……あの花、」

オビトも気が付いたようだった。その木の枝先には、あの透明な花飾りとそっくりな花が、頭を垂れるように咲いていた。

「あの花ね、“ピエリス”って言うらしいよ」

「……そうなのか」

なんとなく感慨深い気持ちだったのに、妙に難しそうな、神妙そうな面持ちになったオビトが目に入り、なんだか可笑しくて堪らなくなる。まあそれもそうか、多分、この人は、花のことなんてちっとも分からないだろうから。

思わず肩を揺らしていると、それに気付いたオビトがムっとした顔をして、そのまま立ち上がる。

「ほら、もうそろそろ行くぞ」

「あ、待ってよ、まだ食べてない!」

置いて行くぞ、と意味ありげに目元に手をやったオビトを見て、ヒヤリとする。

「ま、待ってよお願い!神威するなら一緒に、」

一気に汗をかいた私を見て、今度はオビトが笑っている。


ああ、こんな風に、彼が笑ってくれるなんて、二人で笑い合えるなんて、本当に夢みたい。でも、これは現実。現実だから、痛みも悲しみもある。けれどだからこそ今、夢よりももっとずっと、あたたかい。


「私を遠くへ連れてって!」


そうだ、いつまでも、いつまでもあなたと寄り添って、旅を続けたい。

振り上げ伸ばした手のひらを、前を行くオビトがぐいっと掴み引き寄せる。


「愛してる」


夢は叶った、幻の中でも叶っていたけれど、夢の続きは、夢のその先は、現実の中で。

これから、あなたと一緒に。




END

(2015/01/18)


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