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名無子に写輪眼を移植した。
無事に施術が終わり、静かに横たわる姿を見守りながら、一息吐こうとした時だった。

ビクッ

名無子の指先が大袈裟なまでに跳ねる。そして、

「あああアアァッ!!熱いっ!熱いのッ助けてぇッ!」

突然暴れ出し自分の眼を抉り出そうとするかのように掻き毟る、腕を振るった拍子に脇にあった硝子瓶が薙ぎ払われ、床に砕け散った。

「落ち着け」

錯乱状態の名無子の腕を掴む。しかしこの体のどこにそんな力があったのか、拘束されてもなお振り上げようとする拳に、仕方なく自分の面を取り払い、名無子の眼を覆っていた包帯をぐいとずらす。

「名無子……落ち着け……」

赤い、熱の籠った名無子の瞳。うっすらと涙に揺らいでいる。
オレの幻術にかかった名無子は一瞬にして力を失い、そのまま崩れ落ちた。


移植には成功したかと思ったが、中々ままならぬものだ。
再び静かになった名無子の様子をしばらく窺い、鎮静剤と安定剤を配合する。

あまりに馴染まないようならまた眼を戻すことも検討しなければならない、黙々とそう考えていた折、背を向けていた名無子が微かに動く気配がした。


「気がついたか」

いつの間にか眼の包帯を取り払った名無子がぼんやりとこちらを見ている。

「気分はどうだ」

落ち着き暴れ出す様子もない名無子に一歩ずつ歩み寄る。

まだ意識がはっきりしないのか、随分と眠たそうな顔をした名無子が、不意にふわりと微笑んだ。

「……オビト」


背筋が凍りつくようだった。

「なぜ……」

思わず目を見開いた、


「何故お前がその名を知っている…!」



***



「あっぐぅ……」

横たわる女の首を、男が締め上げている。

「お前、一体何を“視た”?」

声を荒げて問い詰める男に、女は苦しげに答える。

「はっう、わから、なっ…わたっ、し、このは、にっ、い、て…」

自分が見たものをありのまま語る女の顔を、男は手を緩めぬままきつく睨みつけている。



言葉を全て吐き出し終えたと見るや、黙ってそれを聞いていた男は、乱暴に女のことを突き放した。

「ケホっ!……はぁっ あっはあ、」

やっと解放された女は息も乱れ目尻には涙が溜まっている。口の端を濡らしながら、はあはあと必死で空気を吸おうとするその姿をじっと眺めていた男が、やおら手を伸ばしたかと思うと、今度は乱れた女の襟に掴みかかった。

「はっ、う、……っ」

男は物言わぬまま強引に女を引き摺り、寝台に捩じ伏せ、勢いのまま掴んでいた襟元を力任せに引っ張る。服の合わせ目にあった留め具が弾け飛び、灯りのない暗い部屋に女の素肌が露わになった。

そのまま男が細い首筋に咬み付く、容赦のない痛みに女は悲鳴をあげそうになるが、唇をきつく噛んで押し殺す。くっきり浮かんだ歯型に、苦痛を耐える紅く柔らかな唇に、男はもう、自分を駆り立てる衝動に抗えそうもなかった。



「…はっ…確かに、オレは……以前、“うちはオビト”だった…」

「……あっ、ふ、」

「だがそう…オレが誰かなんてもはや、どうでもいいことだ…オレはもう何者でもいたくないのだからな…っ!」

「うっ、ああっ!」

「二度とその名を口にするな…分かったか」

「…は、…い…っ!……ッ」


「っク、お前は、何故っ、黙ってオレに抱かれている……オレを憐れんだか、」

「そ、っ…な、」

「く、フ、ハァっ、哀れなのはお前だ、名無子…ッ!分かるか!?」

「あっあっ…ふ、んんぅっ」

「オレたちの間に愛などありはしない…お前ももう気付いているはずだ…っ」

「……っ」

「空っぽだ……空のオレを愚かなお前は愛した…そう思い込んでいた…」

「…んぁあっ!ちっ、があ、」

「違わないだろう名無子っ、オレも、お前も空だ、空っぽの中に、っは、お互い、空っぽの偽の愛を注いでいただけだ!」

「わたっしはぁ!っあ、ン、あなた、がっ…!」

「もう何も言うな、空しいだけだっ、こんな、偽物を、いくら注いでも…ッ」

「っじゃあ、偽物じゃあ、なかっ、たらあ、」

「っ黙れ、」


“偽物じゃなかったら、あなたは満たされるの”



ぼろぼろのあられもない姿で眠りこける名無子の身体を清めると、散らばった服を拾い上げ元通りに着せていく。随分体力を消耗したのか起きる気配もない。

自分の身形も整え、目を覚ましたらすぐ出かけられるよう淡々と支度を進める。隣の部屋に無造作に放られていた名無子の手荷物を持ち上げると、何かチリン、と音が鳴った。いつだったか、“トビ”としてのオレが買い与えた、白い硝子の花飾りだった。

名無子はこの花を後生大事にいつもいつも身に着けていた。オレにとってはこの歩く度鳴る硝子の音が何故だか耳障りで仕方がなかった、リンリン、ほら、また、なんて耳障りな音だ。



「名無子さん、起きましたか」

いつもと変わらぬ仮面を纏って、目覚めた名無子に語りかけたとき、何故オレは“トビ”だったのか、自分自身分からなかった。



***



「名無子さん、尾けられてますね」

グっと掴まれた腕に耳元で囁く声、飛んでいた意識を引き戻される。

この人は専ら“マダラ”として振舞っていたが、外向きにはまだ“トビ”を使うことがあった。

私は彼の秘密を知って以降ほぼ付きっきりで彼と行動を共にしていたが、あのアジトで監視されるように過ごす時間が最も多かった。稀に今みたいに外へ連れ出されたり、任務の小間使いに駆り出されることもあった。最も、振り返ってみると彼とツーマンセルを組むようになってからは、“暁”の一員としての面が希薄になったように思う。あの組織がどうなっているのか私にはもうよく分からない、今はただ、この人の手足として動いている。

それにしてもまだ体が本調子じゃない。移植された写輪眼にしても、跡の残る全身のだるさにしても、たまに動きを鈍らせる。

あんな風に傷付け合うように肌を合わせて、そんな関係を何度も続けて、それでも何事もなかったかのように振舞っているなんて、私はもう気でも触れてしまったのかもしれない。時々怖くなる、けれども、あなたがそう望むなら私はそうしたい、いつの間にか、そんな思いがとりついて離れてくれないのだ。


いい加減戦闘中に考え事をしすぎた、どうにか意識を集中させチャクラを練っていると、トビが傷を負い逃げる敵を追撃しようとしている。視界の端でもう一人が印を結ぶのが見えた。

「名無子さんッ!」

背後からかかる声に合わせて、せり上がってくる地面を思い切り蹴りつけ、勢いのまま後方へ跳び上がる。
今にも私の身を噛み砕こうと迫ってきた土の顎をかわし印を結ぼうとした瞬間、その獰猛な牙は呆気なく瓦解し元の地面へと還った。

「ふぅ、ありがとう、トビ」

警戒は緩めないまま後ろへ軽く目線をやると、トビが土遁の術者を始末したところだった。まるで昔そうしていたみたいに自然に出てきたトビへの感謝の言葉に、突然涙がこみ上げそうになる。本当は昔、なんて言うほど昔じゃなかったはずなのに、本当にもう、遠くまで来てしまったみたい。

さて、これであとは先程手負いで逃げ出した一人をどうするか。そう思考を巡らせた刹那、

「――ッ」

一直線、彼方から飛来するクナイが目に入る。“眼”のおかげか、以前の私では見切れそうもないそれがはっきり視認できた。反射的に体はそれを回避しようと動くが、

(今これを避けたら…っ)

自分の陰にはトビがいる、こんなただのクナイに当たるはずもないし、万が一当たったとしても致命傷にはならない、はずなのに、ほんの一瞬の迷い、そして体に走る僅かな違和感が仇となった。

「名無子さん!?」


パリィン!


腰のあたり目がけ突き刺さるクナイ。クナイの軌跡と同じように、砕け散るそれがスローモーションで目に映る。


(うそ……)



気が付けば、トビがそのクナイを放った敵も始末して、私の隣に立っていた。

「やめろ、傷がつく」

「で、も…っ」

地面に散らばってきらきらと光る、その無残な硝子の花に縋るように触れると、すっと指先に血が走った。

「あっ…うっ…」


ずっとずっと、この花だけは、枯れないと思っていた。そう、信じたかった。



***



瓶詰にされた硝子の破片をじっと見つめる。
必死で拾い上げて血のついたそれも、今は水で綺麗に洗い流されて、形あったときと同じようにきらりと輝いている。

なにもかも失った。そんな思いがしていた。

けれどこの花が死んだとき、代わりに私は新しい力を手に入れた。


“トビ”――もとい“マダラ”は、最近忙しそうで、顔を合わせる時間も減った。どうやら表向きに活動していた“暁”もそろそろ潮時らしい、他人事のように考える。

けれど彼が忙しくしていて私に構う暇もないのは好都合だった、彼のいない間に私は色々と調べ特訓することができた。


「もうすぐだ……」

たまにやって来る彼の傷を治療したり眼の具合を診たりしては、飽きもせず二人で布団に雪崩れ込んだ。睦言代わりに彼が呟いていたその言葉を、“もうすぐ、”と口の中で繰り返す。


ああ、いつからだったろう、気がつけば“あなた”が支えになっていた。
嬉しいのも悲しいのもあなたのせいだった、何度否定されようとも、私は確かにあなたを愛した。

その愛を頼りにひたすらあなたの“計画”のため生きてきた、それも、もうすぐ。

そっと瞳を閉じる、近頃やっと馴染んできたその瞳は大人しく眠りに就いた。夢をみるまで、きっと、もうすぐ。



(2015/01/10)


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